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zoom RSS 『小さな町』 小山清

<<   作成日時 : 2010/01/18 00:00   >>

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市井の人たちをあたたかな視線で描く愛すべき短編を10編収録する。

かつて著者が暮らしたふたつの町が舞台になる。読売新聞配達員として暮らした下谷竜泉寺町と、炭鉱員として赴いた北海道夕張町。これらの町で著者が出会った人たちが等身大の姿で描かれ、回想される。戦後の貧しく困難な時期を生きる人たちの面影を頁の向こうに見てほのぼのとした気持になる。が、それはひとえに著者のやさしい視線があればこそだ。登場するのはどこにでもいる、強さと弱さを、貴さと卑しさを併せもつごく普通の人たちばかりで、読者が彼らに嫌悪ではなく親しみをもてるのは、著者が人の善の部分を悪の部分よりもよく見ようと意識するからだろう。この視線は、17歳のときにキリスト教の洗礼を受けているのと関係があるのかもしれない。やさしさといやらしさを何の矛盾もなく同居させているのが人間で、それに眉を顰めさせるのではなくて微笑ましい気分にしてくれる著者の小説は無二のものだと思っている。たとえば「をぢさんの話」は、新聞配達所で知り合った年配の男性の話なのだが、とりたてて仕事熱心というのではなく、時間があれば賭博に夢中になって警察の厄介になるようなちょっと弱いところのあるこの「をぢさん」が、読者にはなんと親しく思えるだろう。配達所を去ったのちはホームレスのようになってしまうのだが、不思議な魅力を備えているこの「をぢさん」はある寺の居候になって新しい生活をはじめる。夢中になって頁をめくり一息に読ませる小説ではない。ただ知らず知らずのうちに読まされて、気づけば一編が終わり、読み終えれば胸のうちに残るあたたかさにしみじみ嘆息する。小山清の小説の特徴だ。

私小説の形式をとるので著者の実生活に取材した作品が多い。職を転々とした彼の小説には渡り鳥のかなしさが漂う。煮え切らない語り手に苛々させられもするけれど、朴訥とした語りはどうしてもにくめない。生涯独身だった著者の恋愛事件に取材した「離合」および「彼女」は、女性相手にうまく立ち回れない不器用な男のひたむきさと惨めさに胸が苦しくなる。最後に収録されている「夕張の春」では、著者をモデルとした男が、炭鉱の娘と結ばれる恋愛物語となっていて、これは実体験ではなくて創作なのだろうけれども、ハッピーエンドにほろりとさせられる。人生において辛酸を舐めた人の書くハッピーエンドの物語ゆえに、こんなに愛おしくて、同時にこんなにかなしい気持にさせられるのか。邪道な読みかたかもしれないが、苦難に満ちた一生を送った著者の人生を透かして見るとき、この一編の放つきらめきはいよいよ際立つ。「夕張の春」自体はなんでもない恋物語なのだけれど、「もしも現実がこうであったなら」という著者の願いをそこに見るようで、それが管理人を苦しくさせる。

講談社文芸文庫の『日日の麺麭/風貌』に収録の「落穂拾い」に、「僕はいまの人が忘れて顧みないような本をくりかえし読むのが好きだ」という一節がある。本書を読むと、時代から重視されなかった作家の仕事のうちにも、すぐれたものは多々あるのだろうなと想像できる。広く認知されていないがために、あるいはこちらが無知なために出会えず、出会えないままに終わる、そういう物語がたぶんたくさんこの世のどこかで眠っているのだろう。

上記作品のほかに「小さな町」「西郷さん」「よきサマリア人」「道連れ」「雪の宿」「与五さんと太郎さん」を収録。

4622080710小さな町 (大人の本棚)
みすず書房 2006-10

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「をぢさんの話」はこちらにも収録されている(「おじさんの話」)。
4061984233日日の麺麭(パン)・風貌―小山清作品集 (講談社文芸文庫)
講談社 2005-11

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