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zoom RSS 『ヒュペーリオン』 ヘルダーリン

<<   作成日時 : 2010/02/07 00:00   >>

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詩人ヘルダーリン唯一の散文作品。

ギリシャの青年ヒュペーリオンの成長物語。彼が、ドイツの友人ベラルミンに宛てた手紙の形式で小説は成っている。ヒュペーリオンは感じやすい芸術家気質の人間で、自身の高い理想と大衆の現実との乖離を嘆いている。自身を導いてくれた師や友人も去ってしまった。孤独になった彼のこころを明るくしたのは、美しい少女ディオティーマだった。互いに惹かれ合い情熱的に恋するも、より貴い人間性を目指すヒュペーリオンは彼女に一時的な別れを告げ、露土戦争に参加する。愛する祖国解放のために参加した戦争だったが、そこで彼は、略奪や殺戮をほしいままにする自軍の兵士たちを見て、現実の酷さに絶望する。軍務を解除されたヒュペーリオンのもとへ、恋人ディオティーマの死を知らせる手紙が届く。彼は祖国へは戻らずドイツへ向かい、ドイツの人々に失望しながらも、美しい春に心を慰められる。

以上が小説内容の要約になるが、この小説の魅力はそこにはない。全編に溢れているほとんど詩のような叙述にこそこの小説の魅力がある。ギリシャの風景の描写や、情熱的な人たちの哲学的なやりとり。ヘルダーリンは自然と人間の合一を理想のヴィジョンとしてもっていたようで、すべての生命はひとつなのだとヒュペーリオンに語らせるとき、そこには大仰でなくコスミックな感動がある。手塚富雄の訳もよいのだろう、とにかく美しくて感動的な小説になっている。

わけても出色なのは、恋人ディオティーマがヒュペーリオンに宛てた死の間際の手紙だ。この手紙の部分こそ、この小説のクライマックスだろう。
「わたしは、ひとりのギリシアの少女としてよろこんで死ぬことができます。そのくらいには、この言葉の意味を理解しております。
「取るに足りない自分たちのこしらえ物のほかには何も知らず、欠乏にばかり奉仕して自然の本性をさげすみ、そして、子供のような自然の生命を敬わない哀れな人たちは、死にのぞんで恐れおののくかもしれません。かれらの首かせがかれらの世界です。自分たちの奴隷仕事よりましなものを知らず、それゆえ死がわたしたちに与える神々のような自由を恐れるのです。
「しかしわたしはそうではありません。わたしは、人間たちの手で作られたつぎはぎ細工に心をわずらわされなくなりました。わたしは、あらゆる思念よりも高い自然の生命を感ずることができるようになりました。――たとえわたしが死んでも、草木になったとしても、その損失はそれほど大きいでしょうか。――わたしは存在するでしょう。どうしてわたしが、生命の大きい環のうちからなくなってしまうことがありましょう。そこでは、すべてのものに共通な永遠の愛が自然界のすべてのものをひとつにまとめているではありませんか。どうしてわたしが、あらゆる存在を結びつけている同盟から離れるということがありましょう。その同盟はそうたやすくは破れません。現代の人間たちのしまりのない結合とはちがいます。群集が群れ集まって騒いだあげく、また散らばってゆく市の日のようなものではありません。わたしたちをひとつに結びつけている精神にかけて、めいめいに、そして万人に共通な神の霊にかけて、そう申せます。いいえ、自然の結合のなかでは、誠実は決して夢ではありません。わたしたちがおたがいに別れるのは、いっそう親密に結びあうため、そしてわたしたちがおたがいに結びあうためです。わたしたちは、生きるために死ぬのです。

全集の月報で浅井真男は、ディオティーマの手紙は「あまりに美しく、哀切で、気品があって、途中で巻を閉じずにはいられなくなり、けっきょくのところ永遠の《ひめごと》として世間の目にふれさせるべきではないという気持を起こさせるようなもの」と述べている。

ムージルはディオティーマの名を借りて、自身の長編小説のある女性人物に与えた。『特性のない男』では他者との合一の問題が扱われている。
「いかにもわれわれ人間は、不愉快な世界のなかで、貪欲と力の限りを尽くしてたがいに相手を打ち負かさなければならない有機体だ。だが、どんな有機体にせよ、その敵や犠牲者といっしょになって、この世界の一部分を構成しているのであり、そして、この世界の子供なのだ。おそらくどの有機体も、自分たちが考えているほどには自分の敵や犠牲者から分かたれてもいず、独立してもいないのだろう」

ベラルミンへの最後の手紙の一節でヒュペーリオンは、すべての生命はひとつであり、生と死は循環するという死生観を述べるだろう。「生きるために死ぬ」というディオティーマの言葉をもう一度思い出したい。
「世界の不協和音は、愛しあう者どうしのいさかいに似ている。和解は、その争いのさなかにある。そして別れ別れになったものはすべてまためぐりあうのだ。
血管は心臓で別れてまた心臓へ帰る。そしていっさいは、一なる、永遠の、灼熱している生命なのだ」

こうなると詩というよりも祈りのように思えてくる。

430970493Xヘルダーリン全集〈3〉ヒュペーリオン・エムペドクレス
Friedrich H¨olderlin
河出書房新社 2007-06

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4879841242ムージル著作集 第1巻 特性のない男 1
Robert Musil
松籟社 1992-07

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