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zoom RSS 『首鳴り姫』 岡崎祥久

<<   作成日時 : 2010/03/12 00:00   >>

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夜の恋人たちの物語。

二年の浪人生活を経てある大学の夜間部に入学した語り手は、入学式の日に一人の少女を見初める。冨来子というその少女もまた語り手を好いていた。二人は交際をはじめるけれども、ともに家族と同居しているし、また講義が終わってからともに過ごすとなると時間は夜となり、行ける場所も限られてくる。学生であるから金もない。二人のデートは、たとえば電車を乗り継ぎ国会議事堂の前を歩いたり、駅の長いエスカレーターに乗ったりというささやかなもの。真冬の夜には終電を逃し、終夜営業の店はどこも満席で入れず、宿泊施設を利用するだけの持ち合わせがないために、ひたすらにあてもなく夜の東京をさまよう羽目になる。語り手は二人で過ごしたその一夜をあとになって美しい夜だったと回想するけれども、寒さと疲労のあまり動けなくなり、新宿駅で始発を待つことになるその一夜には、美しさよりも酷さのほうが印象に残る。

こうしたデートを続けるうちに嫌気が差した語り手は、時間を共有できる場所を確保するためにアパートの部屋を借りることを決意する。そのためには金が要る。労働に対しては消極的な語り手だったが、恋のためとあれば重い腰を上げざるを得ない。求人に応募し、いくつかのアルバイトを得る。しかし、その仕事のどれもが、ラブホテルの清掃といい、郵便物の仕分けといい、コンビニの店番といい、夜の仕事ばかりだった。昼間部の学生たちが学生生活を謳歌するのとは異なった仕方で、語り手と冨来子は彼らなりの青春を送る。老成したところのある語り手と影のある冨来子の恋愛は、たしかに若者同士のそれでありながら、夜の世界を背景としているからか、一風変わった趣きがある。

二人の逢瀬の場所となるアパートの一室は、語り手の労働によって借りられている。労働して得た報酬によって支えられた恋愛。その点が彼ら若い二人の恋愛に影を落としているように感じる。講義のあとにバイトをして、朝帰りして少し眠り、それから講義に出てまたバイトに行って…という生活のなかで、だんだんに恋人たちの関係は冷えていく。部屋に泊まっていくこともあった冨来子が、親に何か禍々しいことをいわれ、以来泊まらなくなり、部屋に姿を見せる回数も減っていき、語り手が一人で過ごす時間が多くなっていく。そしてついにある日、彼が部屋を訪れると、冨来子が部屋にもちこんだものがきれいになくなっている。語り手がマットに寝転がると、合鍵が頬にふれる。女は去ってしまったのだ。書き置きはなかった。

もはや部屋を借りている理由はなくなった。労働する必要もなくなった。彼はアルバイトをやめ、祖母と暮らす家へと戻る。恋愛のために労働して、労働のために逢う時間が減っていき、語り手と冨来子の恋愛は終わる。やりきれない結末ではあるけれど、どこか達観したところのあるドライな語り手は、そのかなしみを湿っぽくさせない。「若いときに若かった人たちは幸いである」というプーシキンの言葉が本文で引用されるが、彼ら二人はプーシキンがいう意味で若かったのだろうか。

4062110423首鳴り姫
講談社 2002-09

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同棲ののち、ある日突然女が去ってしまう結末は、この小説とも同じ。『シングル・セル』は管理人好みの、さびしくも美しい恋愛小説としてよく記憶に残っている。
4061976753シングル・セル (講談社文芸文庫)
講談社 1999-08

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