epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『幻影の書』 ポール・オースター

<<   作成日時 : 2010/04/08 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

ある映画監督と、彼を追う男の物語。

小説は不穏にはじまる。語り手には妻と二人の息子がいたが、彼らは飛行機事故によってある日突然に失われてしまう。辛い現実から目を背けるために酒浸りとなり、荒んだ生活を送る語り手は、ある夜偶然点けていたテレビに映った無声時代のコメディ映画を見て笑う。自分がまだ笑えるということはまだ生きる力が失われてしまったわけではない――そう気づかせてくれたその映画監督はヘクター・マンといった。かつてはハリウッドのセレブの一人にも数えられたこの人物はしかし、今となっては半ば忘れられた映画監督だった。栄光の絶頂期にマンは突如姿を消し、その後の消息を知る者はいない。マンに興味をもった語り手はこの謎めいた監督の映画を見、作品研究を執筆しようという生きる希望を見出し、全米に散らばるフィルムを追う旅に出る。

マン映画の研究書を出版したのち、語り手に手紙が届く。マン夫人を名乗る女からで、世間ではとっくに死んだものと思われていたマンはまだ生きており、彼に会わないか――そう書かれていた。案内役として派遣されてきた女とともに、語り手はマンのもとへ向かう。道中で案内役によって語られる、これまで不明だったマンの半生。成功と失踪。なぜ彼は姿をくらまさねばならなかったのか。その理由は一人の女の死と結びついていた。以後、彼は罪の十字架を背負って生きることになる。

もはや死にかけているマンとの邂逅。彼は妻に常軌を逸した依頼をしており、自分が死んだら24時間以内に、失踪後、個人的な目的で撮影した映画のフィルムをすべて焼却してくれといっていたのだ。語り手が到着したその夜に、病に冒されていたマンの容態は急変し、彼は死ぬ。彼が失踪後に撮影した映画のフィルムはすべて燃やされる。のみならず、夫人は夫の願いを拡大解釈し、彼にまつわるもの一切を地上から消し去ろうとしていた。フィルムのみならず映画に関係する資料や道具からはじまり、彼の日記や手紙、ついには彼の伝記の草稿まで。かつて存在した人間の痕跡を完全に消去しようとするこの狂った試みは、果てに二人の女に悲劇を招く。そして語り手は深い悲しみに沈むことになる。

カフカは自分が死んだら、原稿の一切を焼却してくれと友人に依頼した。これは友人の「誠実な裏切り」によって実現しなかったが、マン夫人はそれを実行する。自らの創作物を自身の死とともに抹消してほしい――この願いは陰惨だ。自らの生きた痕跡を地上に留めることを拒否する、激しい自己否定。これとは対照的に、語り手は自身が書いたこの本(=『幻影の書』)は、自身の死後に出版される手筈になっていると本書の終わり近くで述べる。自らの死後に作物が生まれるのを望んだ男によって語られる、自らの死とともに作物が消滅するのを望んだ男の物語。作中にシャトーブリアンの『死者の回想録』という書物が登場するが、まさしく本書も死者の回想録となっている。

訳者の指摘どおり著者のストーリーテラーとしての才能が発揮された小説なのは認めるが、こうも次々に人が死んでいく小説は読むとどうしても気が滅入る。
4105217127幻影の書
柴田 元幸
新潮社 2008-10-31

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
『幻影の書』 ポール・オースター epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる