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zoom RSS 『バートルビー 偶然性について』 ジョルジョ・アガンベン

<<   作成日時 : 2010/05/29 00:00   >>

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メルヴィルの短篇に登場する人物に「潜勢力(為さないこと)」を見る。

といってアガンベンの論考はほとんど読み飛ばしている。目当ては付録の新訳「バートルビー」にあった。

語り手はウォール街に事務所を構える初老の法律家。彼が新しい職務を授けられ、業務が多忙になったため筆生の募集をかける。現れたのは青白い顔をした若者で、彼がバートルビーだった。沈着で無口なこの若者なら騒々しい事務所を平穏にする効果もあるのではないかと期待して語り手は彼を雇う。案の定バートルビーは筆写の仕事を黙々とこなす。しかし彼を雇って三日目、問題が起きる。バートルビーにある仕事を命じたところ、彼が「しないほうがいいのですが」と返答して拒否してしまうのだ。戸惑う語り手。なぜしないほうがいいのかと問いかけると、バートルビーは答えない。異様な事態に直面して、語り手はこの奇妙な筆生を観察しはじめる。

バートルビーは一日中机から離れない。昼食もとらない。昼時になると使い走りの少年に菓子を買いに行かせ、筆写しながらそれを食っている。おそろしく貧乏であるらしく、どうやら身寄りもいないらしい。あとになってわかるのだが、事務所に寝泊りしているらしい。語り手は彼に興味をもちプライベートなことを聞きだそうとするも拒否される。仕事に関しては何か命じても「しないほうがいいのですが」という例の奇妙な答えが返ってくるばかり。同僚たちは彼を嫌い、解雇すべきだと語り手に進言する。語り手はこの奇妙で哀れな若者に同情するがバートルビーは心を開かない。やがて筆写の仕事すらしなくなって、事務所に突っ立って窓の外を眺めているだけになってしまう。語り手は彼を解雇して追放するが、翌朝出勤してくるとバートルビーは変わらず事務所に居座っている。気味が悪くなった語り手は事務所を移転し逃げ出す。

バートルビーはその後も建物に居座り、階段に座り、玄関で眠るという暮らしをしていたがとうとう警察に連行され、浮浪者として監獄に収容される。ここでは、食事を「しないほうがいい」と拒否する。ある日語り手が面会に行くと、バートルビーは石の上に頭を置いて横になって死んでいた。その後、かつてバートルビーは郵便局の配達先不明の郵便物を処分する部署に在籍していたらしいと述べられ、「死んだ手紙」とバートルビーの絶望との関連をほのめかして小説は終わる。

この小説を読んで何より印象に残るのはバートルビーの口癖の「しないほうがいいのです(が)」だ。「したくない」というのなら明確な意思だ。けれども「しないほうがいい」というこのどっちつかずの曖昧な、まるで当事者でないかのような返答はどうとらえたらよいのか。もちろんこれを雇用者と被雇用者の図式で見れば反抗となるが、あくまで消極的な反抗だ。小説の末尾で先に述べたようにバートルビーが以前勤めていたらしい配達先不明郵便を処分する部署での仕事について述べられ、語り手が、届けられなかった手紙とはいわば死んだ手紙であり、そのなかには幸福の知らせを告げる手紙や指輪の入った手紙もあったという、そういった想いが届くことなく宙ぶらりんになって焼却されてしまうことの絶望性がバートルビーを変人にしてしまったのではないかと暗示する。これで物語に落ちはついているがバートルビーの謎は解けない。

「ほうがいい」というバートルビーの口癖は、やがて事務所内のほかの人間にも感染する。「したくない」という明確な拒否の姿勢ではなく婉曲な拒絶。この不可解で不気味な姿勢が、19世紀半ばに書かれたこの小説がその後に来るカフカの底なしの不安やベケットの待機を予感させる。「しないほうがいい」というのももちろん主体の意志ではあるのだがこのどこか責任を回避する回りくどい言い回しがユーモラスであると同時に居心地が悪い。やんわりとした拒絶。他人に対する壁。都市生活者の孤独。アガンベンは、バートルビーは「しないことができる」と述べる。バートルビーの反抗の姿勢、関係の否定は世界に対する「否」の表明に他ならず、咀嚼しきれない消化不良感も含めてこれぞ文学と思わせる。

4901477188バートルビー―偶然性について [附]ハーマン・メルヴィル『バートルビー』
Giorgio Agamben
月曜社 2005-07

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