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zoom RSS 『恋愛のディスクール・断章』 ロラン・バルト

<<   作成日時 : 2010/06/20 00:00   >>

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片恋の言説を編む。

バルト自身の体験や友人との会話から、『ウェルテル』をはじめとする文学作品、精神分析や禅などさまざまテクストから恋愛(主として片思い)にまつわる言説を集め、生成から発展、そして終焉へといずれ至る恋愛の諸相を分析して、アルファベット順に提示する。恋愛は対象指定抜きに語ることができない。恋愛について語るとき、語られるのを聞くとき、われわれは特定の誰かを想起せずにはいられない。その誰かと自身との距離をディスクールによって測る。

「すべての愛は唯一無二のものとして生きられる。いつの日か他所で再びくりかえすかもしれぬなどという思いは、恋愛主体の拒否するところである。ところが、おのが内に突如として恋愛欲望の拡散が認められることもあって、そのとき主体は、自分が死に至るまで、愛から愛へと彷徨をつづける運命にあることを了解する」(彷徨)
幾夜かの眠れない夜を経て、かつて経験した戸惑いと興奮をまた繰り返しているみずからに気づく。愚かな道に迷いこんでしまったと後悔して、けれども感情を制御できずにもてあます。この先もこんなことが続くのかと暗澹たる気分になり、何もかも忘れて一人ぼっちになって死んだように眠りたいと望む。およそ恋愛ほど厄介な欲望はない。この欲望から自由になれたらどれほど楽だろうと思いながら、気がつけば何度となく落ち込んだ蟻地獄に足をとられている。

「ひとつの情熱を(あるいは単にそのゆきすぎにしろ)完全に隠しておくなど、到底考えられぬことである。人間の意志があまりにも弱いものだからというのではなく、そもそも情熱というものが、その本質からして、見られるためにできているものだからだ。隠していること自体が見られるのでなければならない。わたしが今なにかを隠していることをわかってください。……」(隠す)
情熱然り、嫉妬然り、相手に見えるように隠さなければならない。無関心の、あるいは平静さの仮面の下から情熱の、嫉妬の素顔を覗かせなければいけない。引用して最後の文章をこう修正したい。「わたしが隠しているものをどうか見つけてください」と。知られてはいけない、けれども知られねばならない、恋愛主体はこの板挟みになって身動きがとれずにあがくしかない。巧みに隠された素顔に恋愛対象が気づかなければ怒りすら覚えるだろう。その怒り、不機嫌の理由もまた、隠しながら気づいてほしいと望むのだ。
「なぜわたしが苦しんでいるのか、どうかわかってください。助けられるのはあなたしかいないのだから」。

片思いの絶望は「自分が愛するほどには対象から愛されていない」問題に尽きるだろう。恋愛とは承認欲求だ。わたしはその他大勢ではなくただ一人きりのわたしであり、その他大勢の一人ではないただ一人きりのあなたにその価値を認めてほしい。ロレンス・ダレルの長編小説のヒロインは述べるだろう、他者への愛を通じて究極的には自分を愛するということを学ばねばならない(自己陶酔ではなしに)と。
「わたしが欲しているのはわたしの欲望であり、恋愛対象というのはそのだしになってきたにすぎないのだった」(無力化)
承認欲求であるからこそ、恋愛主体は恋愛対象から拒否されることを極度に恐れるのだった。

恋する人とテロリストにはユーモア感覚が欠如している、と指摘したのはアラン・ド・ボトンだった(『恋愛をめぐる24の省察』)。物事を客観的にとらえなければユーモアは生起しない。目の前の些事にとらわれた近視眼的な状態にユーモアの生まれる余地はない。好きな女から電話がこない? その状況におかれた自分自身の滑稽さ(トイレに行くのにも風呂に入るのにも携帯を持ち歩き、連絡をひたすらに待機している状況。このとき彼は自分が傷つかずにすむ打ってつけの理由をでっちあげ、自分自身を慰めるだろう…彼女は仕事が忙しいのだ、携帯を会社に置き忘れたのだ等々…返事がこないということがひとつの返事である、その現実からは意図的に目をそらして)を笑える余裕をもてたとき、彼はもっと楽な気持で恋愛対象と向き合えるのではないだろうか。
愛してくれなければ報復する、それはテロリストの狂気だ。自分なしで何の不都合もなく生きている恋愛対象を見ることほど、恋愛主体にとって許しがたいことはないけれども。

成就すればどのみちいずれ恋は死ぬ。必ず死ぬ。われわれが愛する人とは、あらかじめ失われている恋人だ。そうとわかっていながら特定の誰かと接して胸が切なくなる、この感情をどうしても克服することができずにいる。


4622004828恋愛のディスクール・断章
ロラン・バルト 三好 郁朗
みすず書房 1980-01

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小説形式で恋愛を哲学する。
4560046484小説 恋愛をめぐる24の省察
アラン ド・ボトン Alain de Botton
白水社 1998-02

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だれかが待っているのにだれも待っていない
成就すればどのみちいずれ恋は死ぬ。必ず死ぬ。われわれが愛する人とは、あらかじめ失われている恋人だ。そうとわかっていながら特定の誰か... ...続きを見る
坂のある非風景
2010/06/21 12:53

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