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zoom RSS 『若きウェルテルの悩み』 ゲーテ

<<   作成日時 : 2010/07/17 00:00   >>

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恋の成就か、さもなくば死を。

青年ウェルテルが保養地? で一人の美しい少女と出会う。彼女の名はロッテ(シャルロッテ)といった。感性が似ている二人は出会ってすぐに親しくなるが、ロッテにはすでに許婚者がいた。互いに惹かれ合いながらも結ばれることのない男と女。自身の境遇に絶望したウェルテルはロッテに熱烈な想いを打ち明ける手紙を残し、ピストルで自らの頭を撃ち抜く。

小説は、前半部分がウェルテルが友人に宛てた書簡形式、後半部分が名の知れない編者による客観的な叙述形式になっている。ウェルテルの主観によって彼の内面の動揺を読者に披露し、後半の編者による客観によってロッテの内面を読者に解説する。

片思いの悲劇を扱った小説として本作は最高峰のものだろう。魅力的な女であればあるほどに男はこころを乱され、彼女の魅力に溺れきってしまいたいという欲望と、平静さを保ちたいという気持の狭間でむなしく足掻く。
ぼくは顔をそむけた。あんなことはしてもらいたくない。そんな、天使のような純真さと浄福の表現でぼくの空想力を刺激してもらいたくない。味気ない人生が時に誘い込んでくれる眠りの中からぼくの心をさましてもらいたくはないんだ。


以前に読んだときにはウェルテルの身勝手な自殺を愚劣と感じただけの読書だった。が、再読してみて気づいたのだが、ウェルテルは決して自身の恋に溺れきって視野狭窄に陥ってはいない、自身の立場を客観的に分析できる冷静さを失いきってはいなかった(あなたは恋のために世界を狭くししている、とロッテはウェルテルに指摘するが)。たとえば、女主人に懸想した農夫の挿話がある。この農夫は想いを胸に秘めたままいたが、職場を追放され、新しい農夫が女主人の心を射止めたと知ると恋敵を殺害してしまう。ウェルテルは自身をこの殺人者と重ね合わせ、彼の衝動が他人事と思えず、彼が無罪放免となるよう奔走する。また、ウェルテルと同様にロッテに焦がれ、ついには発狂してしまった青年の挿話がある。いっそ気が狂ってしまえたら楽になれるかもしれない。この狂人もウェルテルには他人と思えない。こうした恋に狂った者たちを見て、ウェルテルは自身の境遇を振り返る。

自らを悲劇の主人公と妄想し、ナルシスティックな自殺願望に酔いかけるウェルテル。けれどもロッテの家を訪問した際に、彼は彼女と彼女の友人が、さいきん亡くなったある人について軽薄な噂話をしているのを目撃して、たとえ恋しさを証明するために死を選んだとしても、はじめのうちこそ恋しい女の気を引くことができるだろうが結局は忘れ去られてしまうのだと悟る。人は不在の人のことをいつしか忘却する。人の属性であるこの軽薄さを知ってなお、銃をこめかみに押し当てねばならなかったウェルテルの想いの切実さはいかばかりだったか。

はじめて出会った瞬間から、幼い弟妹たちのためにパンを切り分けてやっているロッテの姿を見た瞬間から、ウェルテルにとって彼女は特別な存在となった。接していけばなお親しみは増した。恋しさは募るばかりだった。これ以上の相手はいない、誰だってそう思って恋に落ちる。けれどもロラン・バルトが『恋愛のディスクール』において指摘したように、人は生きているかぎり愛から愛へと彷徨する定めにあり、たとえロッテとは結ばれなかったとしても別の女と出会い、ロッテに宛てたのと似た手紙をその女に出したかもしれないのだ。いや、仮にロッテを得られたとしても、さらに別の女に惹かれてしまう、そんな未来もあったかもしれない。人生はつねに開かれている。それを閉じてしまうのは人の側の問題に過ぎない。

恋はいつだって重いものだ。そうして報われぬ恋は、その決定的な宣告は、死刑判決にも等しい。恋を失った人は仮死状態に陥り、しかしいつかは時の経過とともに息を吹き返し、よろよろと頼りない足どりかもしれないがやがてまた歩き出すだろう。あれほど恋しかった女の面影もいつか薄れてゆく。あとに残るのは甘い追憶か、苦い悔恨か、優しい憎しみか。

1772年、23歳のゲーテは法律実習のため訪れたヴェッツラルでシャルロッテ・ブフという女と知り合いになり、彼女に烈しく焦がれる。この恋は実らず、彼は身を退く。この体験と、他人の妻に恋した友人の自殺が『ウェルテル』執筆の契機となった。
人はけっして他人のために書くのではないこと、何を書こうとも、そのことでいとしい人に自分を愛させることにはならぬのだということ、エクリチュールはなにひとつ補償せず、昇華もせぬこと、エクリチュールはまさしくあなたのいないところにあるのだということ、そうしたことを知ることこそが、エクリチュールのはじまりなのである。

ロラン・バルト『恋愛のディスクール』


4102015019若きウェルテルの悩み (新潮文庫)
ゲーテ 高橋 義孝
新潮社 1951-02

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4622004828恋愛のディスクール・断章
ロラン・バルト 三好 郁朗
みすず書房 1980-01

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