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zoom RSS 『愛の試み』 福永武彦

<<   作成日時 : 2010/07/23 00:00   >>

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「愛と孤独の作家」による恋愛論。

福永において孤独とは、決してマイナスの意味で用いられない。人誰にも彼に固有の世界がある。それを孤独と福永は呼ぶ。人はみな孤独な存在だ。彼が彼であり、彼女が彼女である以上、誰もがみずからの孤独を抱えて生きている。ある人を恋愛対象としたとき、人はそれまでの自分がいかに無味乾燥に生きてきたかを知る。彼の内部の孤独が彼女の存在によって潤されていくのを感じる。
やがて彼女を得れば、彼は満足するだろう。しかしそれも長くは続かない。自分が想像していたのとは違う彼女の一面を発見していくにつれ、驚き、なお親しみを増すこともあるだろうが、逆に失望し、落胆することもあるだろう。自分が思っていた女とは違う、錯覚と素顔の落差が大きすぎれば幻滅するかもしれない。彼女がほかの男と親しくしているのを見れば嫉妬心を煽られるだろう。彼女を自分だけのものにしておきたい、けれども他者のこころを支配することなどできない。彼は彼女を愛しながら同時に憎むようになるかもしれない。喜びよりも苦しみをもたらす恋愛はやがて当事者を疲弊させ、最後には破局が訪れるだろう。

福永の恋愛論は孤独から出発する。孤独であるがゆえに人は他者を求め、求めても全的に得ることは叶わず、愛が募ることでますます孤独が意識される――福永の小説によく見られるパターンであり、本書でもこのパターンは適応される。恋愛は承認欲求であるから、他者から肯定されること、他者に受容されることが重大事となる。恋愛対象から拒絶されるのを恋愛主体が極度に恐れるのはそのためだ。しかし恋愛が成就するにしても喪失するにしても、人は最初から最後までやはり孤独なのだ。その真実を直視しなくてはいけない。恋愛の過程で人がみずからの内面を見つめなおし、彼が自身の「孤独を靭(つよ)くする」ことができたなら、結果がどうあれその恋愛は彼にとって意味のあるものとなるだろう。

福永は愛されることよりも愛することの重大さを説く。自己の孤独を知ったとき、彼は愛されることによってその渇きを潤そうと望む。けれども、相手もまた彼女の孤独を抱えているのだ。相手が自身の孤独を潤す水であるのなら、自身もまた相手の孤独を潤す水でなくてはいけない。愛されることはぬるま湯に浸り自己の孤独を癒しているに過ぎない。愛される保証もないのに、相手の孤独を癒すために愛を捧げる――これこそが重要なのだ。
試みとはためしにやってみるということではなく、そこに自己の危険を賭けようという意味である。

福永武彦はクリスチャンだった。信仰する宗教の影響がここに見られるだろうか。あるいは逆に、似た思想であるがゆえにキリスト教に帰依したのか。

愛するということはつねに一度きりの経験になる。かつて甲に試みて成就した愛が、今度乙に試みて同じ結果をもたらすとは限らないのだから。だから愛することは怖ろしい。
しかし生きているかぎり、われわれは誰かを求めずにはいられない。われわれは愛から愛へと、傷だらけになりながら彷徨していく。その過程でもう二度と立ち直れないと思いつめる夜もあるかもしれない。福永は失恋した読者を、本書の終わりちかくで優しく励ます。
彼が絶望するのは、彼の愛が成功しなかったことに対する痛恨なのだが、しかし対象を決定したのも彼、その愛を試みたのも彼である以上、いかなる絶望も彼の責任に於てなされなければならない。選択するということは、その選択が間違った場合にも、自己が責任を取ることに他ならない。そうとすれば、彼が自己の孤独を凝視する機会を得たことは、かえって悦ばしいことではないのだろうか。なぜなら、人が生に向って出発するのは常に孤独からなのだし、もし彼がその絶望に負けたきりにならないで、再び生に出発するならば、次の機会に愛を試みる時には、彼は愛が孤独の上に立脚するものであることを充分に理解しつつ、自己を投企することが出来るだろうから。そしてたとえ失敗を繰返そうとも、愛に於て失敗することは少しも恥ずべきでないことを知るだろうから。自己の責任に於てなされているというのは、彼の孤独が、失敗によって次第に靭くされ、恐れることなく自己の傷痕を眺められるようになることを意味している。彼は孤独を恐れないように、最早、愛をも恐れないだろう。


やや文学的すぎるきらいはあるけれども、管理人は十年以上、愛に迷うとき、恋に狂って盲目になりそうなとき、本書を開いて指針としている。

4101115060愛の試み (新潮文庫)
福永 武彦
新潮社 1975-05

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