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zoom RSS 『それから』 夏目漱石

<<   作成日時 : 2010/07/30 00:00   >>

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個人と社会の対立を扱う。

長井代助は30歳だが定職に就かず、父から金銭的援助を受けて何をするでもなく、東京で毎日ぶらぶらと暮らしている。彼には自己の哲学があり、「もし馬鈴薯(ポテトー)が金剛石(ダイヤモンド)より大切になったら、人間はもう駄目である」というもの。生活上の必要から労働に従事すれば労働の純粋性は失われ、より効率的な手段を人は選ぶようになる、それは堕落だと代助は述べる。ある高名な料理人が殿様に雇われ、自己の料理の腕を最大限にふるったところが殿様の口には合わず、手抜きで作ったら殿様に褒められたので以後は手抜き料理を作るようになった。代助はこんな一口話をもちだして無為の暮らし送る自己を正当化する。「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟に云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ」こういう代助の理屈は詭弁としか受け取れない。代助の理屈は一見論理的に正当ではあるが、だからといって皆が労働を放棄してしまえば社会は成り立たない。

ブルジョワ社会を背景とした本作では、この社会にありがちな姦通が鍵となる。かつて代助には、学生時代に想った三千代という女がいた。彼女を想っていながら、代助は義侠心から友人の平岡に彼女を譲る。平岡と三千代は一緒になり京阪地方で暮らしていたが、平岡が向こうで失業し、東京へ戻ってきた。なかなかすぐには仕事が見つからず生活が困窮する平岡夫妻に金を融通してやる代助(その金は父から貰ったものだが)。夫妻には子どもがなく、かつて三千代は妊娠したが流産してしまい、以後体調がすぐれない。はかない三千代と接していくにつれ、代助の胸にかつての想いが去来する。親類からたびたび縁談をもちかけられても頑なに拒んできた代助は、その理由は三千代を失ったがゆえだとずっと自己に言い聞かせてきた。それが真相であるか否か、一人きりの寄生生活のぬるま湯にどっぷりと浸っている現状の居心地よさから抜け出るのが嫌だっただけではないか、この答えは小説中では明示されないが、三千代との再会が代助の暮らしを大きく変化させることになる。代助も三千代もともに今でも相手を想っており、平岡に妻への愛情はない。代助は三千代と姦通し、友人を失い、両親からは勘当され、兄からも見捨てられる。

姦通は鍵となっているが、そこに至る男女の恋愛模様や心理の変化を書くことを漱石はしていない。代助と三千代の姦通は読者の目には必然と映るが突然でもある。のらくらしているように見える代助ではあるが、彼は彼なりに自己の哲学には忠実であってそこがなおのこと読者をいらつかせる。彼の哲学を彼のエゴと見るのは可能であって、そのエゴがいわゆる社会の常識と抵触したとき破局が訪れる。
父がもってきた縁談を断るために実家を訪れた代助の心理を漱石はこう書く。
彼は自ら切り開いたこの運命の断片を頭に乗せて、父と決戦すべき準備を整えた。父の後には兄がいた、嫂がいた。これ等と戦った後には平岡がいた。これ等を切り抜けても大きな社会があった。個人の自由と実情を毫も斟酌してくれない器械のような社会があった。代助にはこの社会が今全然暗黒に見えた。代助は凡てと戦う覚悟をした。

代助のこの「覚悟」も読者には悲壮とは感じられず、ただ白々しいばかりなのは、彼が実生活に根をもっていないことと無関係ではあるまい。

漱石は姦通小説を心理小説としてではなく悲劇として書こうとした、巻末の解説で柄谷行人氏はそう述べる。後期の漱石には明治時代の知識人の悲劇を扱った所謂三部作がある(晩年の漱石はいよいよ人間のエゴイズムを追及していくことになるだろう)。本邦では文豪として神格化されている感があり、たしかにいくつかの小説(『猫』や『坊ちゃん』や『草枕』や『道草』や『明暗』)は管理人にはたいへん面白いけれども、たとえば本作にしても『虞美人草』にしても文章が理屈っぽく、また柄谷氏の指摘どおり登場人物と語り手の距離がとれておらず読みにくい。姦通小説として有名であるが管理人には知識人の悲劇――というよりも個人のエゴが社会に抵触した場合における破局の物語として読めた。

個人が社会に勝てるものか。『それから』におけるこの問題はロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』がより普遍的により深化して扱っている。

4101010056それから (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社 1992-05

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社会的な問題(階級格差)を背景に個人の問題(恋愛)を扱ったものとして、これは破格の出来だろう。
4102070125チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)
D.H. ロレンス David Herbert Richards Lawrence
新潮社 1996-12

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