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zoom RSS 『友情』 武者小路実篤

<<   作成日時 : 2010/08/05 00:00   >>

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友情と恋愛の相克。

駆け出し脚本家の野島と、新進作家の大宮は互いを尊敬し合う大事な友人同士だった。大宮の作品は世間に認められていて、野島の作品は冷遇されていた。けれども大宮は友人の作品のすぐれているのを見抜いていたし、今に自身が彼に征服されるだろう畏怖の念をもっていた。

野島はある友人の妹の杉子に熱烈に恋をしている。杉子は彼に親切に接してくれるが、元来が無邪気な性質なので自身に好意をもってくれているのかどうか、野島にはわからない。もてあます感情を、野島は親友の大宮に打ち明ける。大宮は親身になって聞いてくれ、親友を励ます。野島はそのたびに勇気を得る。

けれども人のこころは人の思うとおりには動かない。杉子が大宮を見るとき、その視線にある感情がこもっているのを野島は見抜く。杉子は大宮に恋しているのではないか。しかしそれを確信する間もなく、大宮は勉強のためにパリへ渡ってしまう。

日本に残った孤独な野島は募る想いを抱え続けるのに耐え切れず、杉子をくれるよう彼女の兄に手紙を出す。断られると思い余って杉子自身に手紙を出す。彼女からの返信は野島の希望を打ち砕く残酷なものだった。消沈した野島は寂しさに襲われながらひたすら仕事に精を出し、次第に世間から認められるようになる。

同じ頃、大宮と杉子のあいだでは手紙のやりとりがしげく行われていた。野島が勘付いたとおり、杉子は大宮に恋をしていた。大宮も杉子に惹かれていたが、野島の気持を慮って遠慮していた。高潔で友情に篤い大宮は自身の感情を殺し、杉子の自身への傾倒をたしなめ、野島を愛してくれるよう頼む。しかし杉子には野島を愛する感情はどうしても湧かない。そばに一時間居るのもいやだという。真情のこもった手紙を杉子から受け取っていくにつれ、大宮はとうとう友情よりも自身の恋愛を選択する決心をする。二人は結ばれ、事実を知った野島は打ちのめされる。途轍もない打撃を受けながらも、野島は愛を失ったことをバネによりすぐれた仕事をしようと決意して小説は終わる。

野島にせよ大宮にせよ、ともに自己の信念に忠実な人物でほとんど超人の感がある。悲しいお話でありながら著者の大らかな文体のおかげか、湿っぽくならない。大宮は隠し立てをせずすべてを野島にさらけだし、野島はそれを泣きながら、それでも感謝の念は失わずに受け入れる。読了すればすがすがしい、そうして読者を奮い立たせる高揚感が残る。自分はもう処女ではない、傷ついた孤独な獅子だ、吠えるように大宮宛ての手紙にそう書く野島のなんと眩しいこと。

杉子が野島を拒んだのは、彼がありのままの彼女を見ず、自身のロマンチックな幻影を彼女に重ねてくることが苦痛だったからだ。恋する者は対象を正しく測定することがときにできない。感情が彼の目を曇らせ、カエルをお姫様に見せてしまうことがあるかもしれない(恋に狂ったとき、その人の目は魔法のレンズになってしまっている)。すぐれた恋愛小説の書き手だったプルーストによる指摘を思い出したい。
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない。

「ソドムとゴモラ」

偶像化されたベアトリーチェになることが杉子には重すぎたのだ。ありのままの自分を見てくれない相手と人は暮らせない。作中で述べられるとおり、野島のようなタイプは愛情を得るのではなく失うことによって何事かをなす人物なのだろう。愛に呪われた存在としての芸術家。失うことによって負った傷は聖痕となる。傷を他人に見せびらかして慰められるのを期待するような幼稚な真似はせず、なすべき仕事に向き合う契機へと転換する野島の凛々しさに感動せずにはいられない。


愛を得ることは幸福だ。しかし愛を失ってなお打ち込める仕事のある者もまた幸福だ。しがない勤め人は愛を失ったとき、女の匂いがまだ残る部屋のうちで何をして気を紛らせばいい。何をして気持を整理したらいい。どうすれば前に進める。文書ファイルを起動して書いてみようか、失恋のかなしみを。

410105701X友情 (新潮文庫)
武者小路 実篤
新潮社 1947-12

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