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zoom RSS 『原色の街・驟雨』 吉行淳之介

<<   作成日時 : 2010/08/11 00:00   >>

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5篇の短篇を収録する。

「驟雨」は著者の代表作のひとつ。筋といっては、しばらくは独身でいたいために女とこころを通わすような面倒は避け、もっぱら娼婦を相手に身体の関係だけで満足していた若者が、あるときから馴染みとなった娼婦に惹かれているのを自覚して困惑するというもの。

主人公の山村は大学を出て3年目のサラリーマンとまだ20代半ばの若さでありながら女性関係に関しては達観したところがあって、金でやりとりのできる気楽な関係をしか女ともとうと思わない。しかしあるときから、馴染みの娼婦に惹かれているのを自覚せざるを得なくなる。店外で逢い、女と会話を交わし、店の彼女を訪れていまべつの客が来ているから相手はできない、といわれると不本意にも嫉妬を覚える。
読者には、深いところで他人と関わるのを山村が恐れているように思える。そして気楽に付き合えると思うがゆえに選んだ娼婦なのに、ひとたびこころの動揺を自覚してしまえば、相手が金次第で誰にでも身体を開く職業の女だということが山村を苦しめるのだった。よくいわれるように著者の文体はドライでそっけないといえるほどで、克明に男の心理を描写はせずに簡明な記述で淡々と出来事を記述していく。

山村が保とうとする他人との距離のこだわりには、安易ながら孤独な人間の心性が見える。愛情を抱くことによって人は強くもなるが脆くもなる。こころが揺れることも多くなる。そうして他人と深く関わるということは相手の人生を共有することであり、それはときに億劫で、面倒だ。身ひとつでいられる自由をよく知っている者は、たとえば眠れない夜に寂しさを強烈に感じることがあってもそれを気の迷いだとし、また一人でいようが二人でいようが人は所詮一人きりなのであり、むしろ他人と一緒にいてこそ孤独はより深まるだろうと結論し、寂しさを酒に紛らわせていつか眠ってしまうだろう。目が覚めれば、孤独とは自由の謂いであるのを再び思い出すだろう。そうしていつもの単調で平穏な日常に生きていくだろう。ある日不意に、自分の心臓をわしづかみにするような相手と出会わない限りは。

「驟雨」における山岡のこころの動揺は動揺として示されるだけで、お話として彼と娼婦との関係がどう落ち着くのか、著者は書かない。ただ心理の機微だけが書かれている。

その女を、彼は気に入っていた。気に入る、ということは愛するとは別のことだ。愛することは、この世の中に自分の分身を一つ持つことだ。それは、自分自身にたいしての顧慮が倍になることである。そこに愛情の鮮烈さもあるのだろうが、わずらわしさが倍になることとしてそれから故意に身を避けているうちに、胸のときめくという感情は彼と疎遠なものになっていった。
だから、思いがけず彼の内に這入りこんできたこの感情は、彼を不安にした。

「驟雨」のなかのこの文章は、「原色の街」においても繰返される。

「原色の街」は、精神性を備えた娼婦と、娼婦的な性格の令嬢のあいだで揺れる男の物語。ほかに「薔薇販売人」「夏の休暇」「漂う部屋」を収録する。

4101143013原色の街・驟雨 (新潮文庫)
吉行 淳之介
新潮社 1965-10

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