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zoom RSS 『随筆 女ひと』 室生犀星

<<   作成日時 : 2010/09/23 00:00   >>

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女たちの美しさを綴る。

「女ひと」へ寄せる賛嘆の想いを晩年の犀星が述べる。執筆を開始したとき犀星は65歳で、胃潰瘍での入院を経ていた。自身の死を意識したとき、その目にはいよいよ浮世が美しく見えはじめたようだ。それまではさほど関心のなかった花への興味が強まり、花木を庭に植える。そして道を行く名も知らぬ女たちの姿を素直に美しいと思う。

私はつねづね六十歳を過ぎたら、女のことなぞ気になるまいと思っていた。そしてその年齢にとどいてみると女という女のひとは、りょうらんとふたたび開花の状態を見せて来た。私は寧ろふしぎそうに目をほそめて、こんな筈はないと道ゆくひとを眺めた。そこで女のひとは永く見なかったごときあざやかさで、顔にも手にも、一杯の肉をつけて、踊ってみえた。無理にも引き戻されて見直すような毎日がつづいて困った。前にもこんな変な気になったことがあったが、それは発動期時分のそれにそっくりであった、むやみに女のひとが美しく外の物が眼にはいらない程、女のひとが先に見えてくるのである。


死を意識した末期の眼に、女たちは鮮やかに映って見えたのか。死と交換条件として心おきなく世界を見ていけといわれたようだ、と犀星はこのあと述べる。あるいは性から物理的に離れる時期に差し掛かり、その不可能性からいよいよ性の対象が愛惜されるということもあったかもしれない。どうしたところで、これも本書中の一節になるが、男は女なくしては生きられないものであるし、女とてそうだろう。性の対象のない世界は生きるに味気ないだろう。この想いが、愛の希求が、美しい女への憧憬が、どれだけの音楽やどれだけの文学を生み出してきたことか。

犀星は歯に衣着せずに女について率直に述べる。顔立ちの美しい女が好きだと公言して憚らない。一緒に暮らす女は美しい女であってほしい。朝起きて、最初に見る顔は美しいものであってほしい、と。女を信じるというのは女の美しさを信じるということであって、心を信じるというのではない、他人の心など何を考えているのかわかったものではないから、と。身も蓋もないといえばそうだが、同性の読者としてはこの気持は理解できる。しかし結局は情の問題で、これが移れば相手の顔は可愛く見えてくる。管理人は30を過ぎて未婚だが、長く関係を続けられるのは容姿にすぐれた女ではなく可愛い性格の女ではないかと思っている。こちらが出張から帰ってきたとき、自身も仕事の後で疲れているだろうに厭わず空港まで車で迎えに来てくれる、そういう女となら長く関係を続けていけるように思わないでもない。
本書中に不器量な詩人志望の女に冷たく対応する挿話がある。犀星にはその当時も、回想して執筆している当時にも悪気はまったくない様子で、無邪気に美しい女が好きだったのだと知られる。

率直さがユーモアに転じる。死が意識された人間による随筆であっても湿り気はなく、むしろからりと乾いていて心地よい。以下のような一節にふれると、いっそ爽快な気分になる。
一人の愛人があればこそから十篇の短篇小説がうまれることは、たやすい、一人の女の人の持つ世界は十人の世界をも覗き見られるものであって、それ故にわれわれはいつも一人にしかあたえる愛情しかもっていない、そのたった一人を尋ねまわっている人間は、死(く)たばるまでついにその一人にさえ行き会わずに、おしまいになる人間もいるのである。われわれの終生たずね廻っているただ一人のために、人間はいかに多くの詩と小説をむだ書きにしたことだろう、たとえば私なぞも、あがいてついに何もたずねられなくて、多くの書物にもならない詩と小説のむだ書きを、生涯をこめて書きちらしていた、それは食うためばかりではない、何とか自分にも他人にもすくいになるような一人がほしかったのである。

爽快な気分になったあとで、しんと胸が静かになる。

性に目覚めるころにあんなにも渇望した女たちをいつしか冷ややかに見られるようになったあとで、いずれこうして女を眺める時期が、自分にも訪れるのだろうかと自問する。

4003106644随筆 女ひと (岩波文庫)
室生 犀星
岩波書店 2009-05-15

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