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zoom RSS 『死の棘』 島尾敏雄

<<   作成日時 : 2010/09/28 00:00   >>

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夫婦の絆を問う。

愛情深かった妻が、夫の情事のために精神に変調をきたす。夫の情事について、自身への愛について、執拗に夫に問い続ける妻。「妻もぼくも三晩も眠っていない」、小説は妻による夫への三日三晩寝ずの尋問の場面からはじまる。以来、妻の目は夫と、彼と関係した女にしか向かなくなる。ひたすらに夫を責める妻に対して、ただ謝罪するしか術のない夫。町中で女に似た誰かを見かければたびたび妻は発作に襲われる。家事は放棄され、二人の幼い子どもたちは母親と夫の狂態を「カテイノジジョウ」と呼ぶ。カテイノジジョウの末に妻は精神病院に入院することになる、その先のあてもないままに。

本作は著者の実体験がもとになっている私小説。愛し合って結ばれた二人の夫婦関係が、夫のきたない性欲のために破綻し、妻は自身が負った傷の痛みを夫に訴える。夫は謝罪をし、これからは妻と子どもを第一に考えて生きていくというしか誓いの言葉はない。二人の関係は異常なまでに共依存的で、どちらも相手から離れようとしない。離婚という決断は下されず、それよりも自殺を選ぼうとする。このあたりの心理が興味深い。憎み、罵り、うとましく思いながらも二人は離れられないのだ。幾度か夫婦は子どもを連れての無理心中という妄想をするが、むろんそれは実行されない。妻に追いつめられた夫は自らも狂ってしまえたらと望み、その振りをすることに爽快な気分を覚える。小説の内容は深刻なものだが、いたるところにユーモアがあってその落差が可笑しくなる。

凄絶な狂気の底に何があるのかと問えば、それは愛ということになるのだろう。けれども愛とは何であるのか。性欲からついふらふらとほかの女に傾きはしても、本心は妻のもとにある、そういうことはあるだろう。夫の長年の裏切りに耐え続けた末狂気に憑かれ、情事の仔細を彼の口から聞き出そうとする、そういうこともあるだろう。それらの根本には、相手なくしてはありえない自身とその生活があって、それを成立させているものがおそらくは愛と呼ばれるもの――それはつまるところ親しさとしかいえないものであるかもしれないが――なのだろう。

愛情はいつだって重いものだ。本作は、著者の妻の狂気が回復に向った時期から執筆された。このようなドキュメントの形式でしかありえない文学があるのはわかる。わかるけれども、こうした自身の体験を赤裸々に発表することになにかいやらしさを感じないでもない。

4101164037死の棘 (新潮文庫)
島尾 敏雄
新潮社 1981-01

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