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zoom RSS 『ダイング・アニマル』 フィリップ・ロス

<<   作成日時 : 2010/10/08 00:00   >>

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「死を背負う獣性」としての性、そして生。

文化批評家デイヴィッド・ケペシュは現在70歳。彼は数多の性遍歴を経、情事のために離婚を経験している性的な人間だ。ケペシュは62歳のとき、教鞭をとる大学で一人の美しいキューバ娘と出会う。彼女の名はコンスエラ・カスティリョ。40歳近く年の離れたこの娘を一目見たときからケペシュは彼女に夢中になり、娘を篭絡し、愛人とする。完璧な乳房をもつ、芸術作品そのもののような美しい女。ケペシュは彼女に溺れる。しかし情事の最中にも、彼の脳裡から年齢の問題は去らない。いずれは若い魅力的な男が、自分からコンスエラを奪っていくだろう(かつては彼自身がそういう男だったのだ)。これまで女への嫉妬や執着と無縁に生きてこられたケペシュが、この若い愛人をもったときはじめてそれらの情念の虜となる。身を焼くような嫉妬に囚われ、女を手放すまいとする。

きみにどれだけ知識があっても、どれだけ考えても、どれだけ陰謀を企てても、知らん振りを決め込んでも、計画を立てても、きみはセックスよりも優位に立てることはない。それはとても危険なゲームだ。男というものは、セックスという冒険に乗り出そうとしなければ、人生の問題の三分の二を回避することができるはずだ。通常は秩序だった我々の人生を乱すものはセックスである。(略)しかし、きみが六十二歳で、こんなに完璧なものを二度と手に入れられないとわかっていたら、きみはどうする? きみが六十二歳で、いまだ入手可能なものを手に入れたいという衝動がこれ以上ないほど強かったら、どうする? きみが六十二歳で、これまで気にも留めていなかった肉体の器官(腎臓、肺、血管、動脈、脳、腸、前立腺、心臓)が情けないほど気になり始め、その一方、これまでの人生で最も目立ってきた器官が無意味なものへと衰退しつつあったら?


小説は中盤で、60年代の性革命についてふれる。奔放に性を享楽する世代の登場が、現代の性的自由を準備した。当時は眉をひそめさせた娘たちの乱交が、今となってはさほどの嫌悪も反感も買うことなくむしろ自然のこととして受容されている。60年代にはありえないこととされたオーラル・セックスが現代の恋人たちのあいだでは当然のように行われている。こうした分析の箇所はウエルベックの『素粒子』とよく似ている。

なぜ性に執着するのか。ケペシュはこの問いにこう答えるだろう。
セックスによってのみ、きみは人生において嫌悪してきたものすべて、人生において挫折してきたものすべてに対して、純粋に――一時的ではあっても――復讐できるのだ。そのときだけ、きみは楽々と生き、楽々と自分自身でいられる。セックスが堕落なのではない。堕落はセックス以外である。セックスは闘争ではないし、浅薄な娯楽でもない。セックスは死への復讐でもある。死を忘れるなかれ。絶対に忘れるなかれ。そう、セックスも力においては限界がある。限界がどのあたりかも私はちゃんとわかっている。でも、これ以上強力な力などあるだろうか?


性は生。本書のタイトルはイェイツの詩の一節からとられている。
「わが情念を焼きつくし給え、欲情に病む情念、死を背負う獣性に金縛りになった情念は、身のほどをわきまえぬ」。
性は死に縛られたわれわれの生を一瞬だけかすめる光。

ケペシュの危惧したとおり、若い愛人は彼のもとから去っていく。彼にとってはじめて感じる女への執着。去っていった女に焦がれ、焦がれる思いを鎮めようと自慰に耽る日々。そして年月が経過し、ようやく地獄の苦しみから解放されたところにコンスエラが再び現れる。別れてから8年後に再び現れた女。この理由を問うと、コンスエラは自分の身に起きたことを告白する。彼女は癌に冒されていた。かつてケペシュがあんなにも愛した完璧な乳房が癌の餌食となっていたのだ。

どれほど美しい肉体にも死の影はつきまとう。やがては皺が寄り、肉はたるみ、細胞は死んでいく。いずれ必ず心臓が停止し、肉体は朽ちる。死を約束された存在としての人間。その悲哀、その滑稽を赤裸々に描いて、長くない分量ながら深い感動を誘う。

4087733963ダイング・アニマル
フィリップ・ロス 上岡 伸雄
集英社 2005-01-26

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性革命が後続の世代に与えた影響、老いること、衰えることに対する強迫観念、性=生への執着。『素粒子』を好む読者は『ダイング・アニマル』も好むだろう。
4480421777素粒子 (ちくま文庫)
ミシェル ウエルベック Michel Houellebecq
筑摩書房 2006-01

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