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zoom RSS 『秋のホテル』 アニータ・ブルックナー

<<   作成日時 : 2010/10/10 00:00   >>

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孤独な女が自己を省察する。

主人公のイーディス・ホウプはロマンス小説の作家で独身の39歳。友人の薦めによって結婚しかけるが、束縛を恐れて当日に逃げ出してしまう。友人に恥をかかせたとして彼女はロンドンにいられなくなり、ジュネーブ湖畔にあるホテル・デュ・ラックを訪れる。ホテル・デュ・ラックは簡素ながら上質の調度品を備え、完璧なサービスを誇る由緒あるホテルで利用するのは上流の人たちばかり。とはいえシーズン・オフのために宿泊客は少ない。イーディスは霧に包まれたこの湖畔のホテルでときに自省し、ときにやはり彼女と同じく孤独を抱えた宿泊客たちを観察し、自己と向き合うことになる。

彼女が考えるのは愛の問題だ。彼女にはロンドンに愛人がいる。イーディスの内省を読むと、彼女のほうは彼を愛しているけれども彼が彼女を愛しているか、必要としているかは怪しい。事実、ホテルに滞在中、ついに彼女のもとに彼からの手紙は届かない。

彼女は平凡でいいから自分の家庭をもちたいと思っている。けれども結婚を拒否して逃げ出したのも彼女ではなかったか。

愛の問題、家庭の問題、これを考える彼女の前に、ネヴィルという50代の富裕な紳士が現れ彼女に求婚する。ネヴィルは妻に駆け落ちされた過去があり、いままた妻を必要としている。といって愛情に飢えているというのではない。ほとんど世間体のためだけのようなもので、自分は彼女に愛情を抱いていないし彼女からの愛情も求めない、ただ妻でいてくれればあとは好きにしていい、という究極の契約事としての求婚にイーディスは戸惑う。愛人のことは愛している、しかし望みはない不倫の恋だ。ネヴィルの妻になれば快適な暮らしができるだろう、たとえ愛のない冷ややかな関係であったとしても。
イーディスは迷う。そして結局彼女が選ぶことになるのは。

著者のブルックナーは18、9世紀フランス絵画の研究者として著名な人物で、小説は余技として書かれた。処女作の『ある人生の門出』は1981年に発表されている(4作目となる本書の発表は1984年)。訳者による巻末の解説によるとブルックナーはきわめて挫折感、孤独感の強い人物のようで(いわく「自分ほど孤独でみじめな人間はいない」、「成功したと言われる大人の孤児になるよりも、成功などしなくてもいいから家庭が欲しい」)そういう作家の手になる小説であるから主人公をはじめ登場人物は内向的で消極的、小説世界は閉鎖的だ。霧に覆われたシーズン・オフの湖畔のホテル、この舞台設定がふさわしい内容となっている。

愛の問題を扱うがイーディスの報われない愛人への想いといい、ネヴィルの打算的な求婚といい、本作には甘いロマンチシズムはない。われわれが愛ときいてつい想像しがちなロマンスや感傷は現実の感情生活においては稀であり、そうであるがゆえにロマンス小説がいつの時代も支持されるのだと、主人公の職業と重ねて思わずにはいられない。

恋愛対象への切望、身を切るような煩悶、そういった情熱とは距離を置いて考察される愛と人生の物語。繊細な感性をもった女の内省が硬質で抑制された文体で述べられる。人は幾つになっても、他者との関わりに迷い、惑う。

4794921829秋のホテル (ブルックナー・コレクション)
アニータ・ブルックナー 小野寺 健
晶文社 1988-10-25

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