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zoom RSS 『テニスボーイの憂鬱』 村上龍

<<   作成日時 : 2010/10/22 00:00   >>

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憂鬱なる放蕩のために。

土地成金の息子でステーキハウスを経営する30歳のテニスボーイにとって何よりも大事なのは妻子でも仕事でもなくてテニスだった。暇があってもなくても時間の大半をテニスに費やし、相手と向かい合うコート内でボールを追い、打ち返す、そのシンプルな運動にのめりこむ。
コートには何一つ余分なものはない、とテニスボーイはいつも思う。ラインとネットとボール、そして向こう側に立つ優しい敵、これだけ簡潔に美しく緊張して人生を過ごせたらどんなにいいだろう、

コートのなかには歓喜も快楽も敗北もあり、そして嘘はない。コートの外は嘘だらけだ。テニスボーイは経営するステーキハウスのCF撮影に来たモデルの吉野愛子に惹かれ、彼女と逢瀬を重ねるようになる。美しい女の身体に執着するテニスボーイは、己の快楽の原則に忠実であろうとする。
誰かを幸福にすることなどできない、他人にしてやれることなんか何もない、他人をわかってあげるのも無理だ、他人に自分をわかって貰うのも無理だ、他人を支配するのも不可能だし、支配されることもできない、そのことを、女だけがわからせてくれる。電話をするたびに胸が震えるような素晴らしい女だけが、そのことを教えてくれるのだ。他人は必要ではない、そんな生き方をしなければいけない。つまりグラスのシャンペンみたいにキラキラと輝いていなければいけない、他人に対してできることは、キラキラと輝いている自分を見せてやることだけなのだ……


いやな気分にならないためには自分が悪いと反省しないことだ、愛人には何もしてやれない、愛人も何もしてくれない、ベッドの中とシャンペングラスに一瞬輝きがあるだけだ、その輝きはなにものにも代えがたいが、その輝きがその後何かを生み出すことはない、だから、反省しないことだ、どちらかがどんなに傷を負っても誰のせいでもない、女は犬とは違う、呼んだらいつでも尻尾を振って付いて来るとは限らない、いつでも付いて来る時期があるがそれは女が優しいからではない、時期が優しいのだ、やらせてくれる女は貴重だ、大切に扱わなくてはならない、しかしその女の顔がくもり泣いたりすることがあっても俺が悪いんだと反省してはいけない、とたんにビールがまずくなる……


テニスボーイはステーキハウスを新たに出店し、海外にも新規で一店舗を開く。事業の拡張はゲームの楽しさがあるだろう、しかし彼にはそこに喜びも満足もない。テニスボーイにとって仕事とは、あくまで好きな女と過ごす時間と金を手に入れるためだけに、放蕩のためだけに存在するのであってそれ以外の理由など一切ない。
男の仕事なんてこんなもんだ、とテニスボーイは思う。たぶんみんなそうだ、誰もがその仕事に大して情熱など持っているわけではない、女のことを忘れたくて、病気を治したくて仕事をするのだ、うんと昔から、ずっとそうだったに違いない。


妻子あるテニスボーイとの不倫に疲れて、吉野愛子は彼のもとから去っていく。消沈するテニスボーイだが、失意は長く続かない。放蕩の傷は放蕩によって癒される。新しい女の出現が、テニスボーイを失恋の痛手から立ち直らせる。
本井可奈子という若く圧倒的に美しい女とサイパンで出会い、テニスボーイは夢中になる。ひとたび新たな快楽の対象を手に入れてしまえば昔の女のことなど、彼を絶望のどん底に突き落とした女のことなどきれいさっぱり忘れてしまう。本井可奈子がいる今、テニスボーイは、吉野愛子が死んだと聞かされても何も感じないだろうと冷静に述べる。電話で話す機会があってそこで昔の女の涙声を聞かされれば、ただ鬱陶しいとしか感じない。「しかし惚れてない女の涙ってうっとうしいものなんだな」。
蕩児は終わることのない放蕩に身を任せ、夜な夜な酒を飲み、旨い料理を食うだろう、その傍らには若く美しい女がいる。金ならばいくらでもある、ベンツを運転して、最高級のホテルに宿泊する、恐れるものなどなにもない。

しかしこうした放蕩のさなかに、ふとテニスボーイは憂鬱に襲われる。どんなに体調が悪くても、仕事が忙しくても、蕩児は放蕩をやめることができない。今日はよす、という選択肢は蕩児にはない。それは背負わされた宿命のようなものであって彼をときに憂鬱にさせる。「あしただけは雨が降ってくれないかなあ、そしたらテニスをせずに済むのになあっていつも言ってるのよ、ゆううつだゆううつだ」。憂鬱であったとしてもテニスボーイは今夜も女との約束のためにホテルのバーに向わねばならない、なぜならば彼は蕩児であるから。

ステーキハウスの経営は順調、海外からの肉の輸入や出店に関係した業務をこなすうち周囲のテニスボーイを見る目が変わってくる。30を過ぎてギラギラしてきた、周囲からのそんな声に蕩児は苦笑するだろう、彼は仕事などどうだっていいし、ステーキハウスがいつ潰れたっていい、ただ美しい女とおいしいビールが飲めればそれでいいだけなのにと。
自らの快楽の原則に忠実に生き、既存のモラルを蹂躙して屁とも思わないテニスボーイの軽やかさが快い。

4087492656テニスボーイの憂鬱(上) (集英社文庫)
村上 龍
集英社 1987-10-20

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4087492664テニスボーイの憂鬱(下) (集英社文庫)
村上 龍
集英社 1987-10-20

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