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zoom RSS 『未來のイヴ』 ヴィリエ・ド・リラダン

<<   作成日時 : 2010/10/25 00:00   >>

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それは理想の恋人。

ある秋の夜。メンロパークで暮らすトマス・エルヴァ・エディソンのもとに一人の客が訪れる。青年貴族のエワルド卿。彼は自己の抱える悩みを解消してもらうために「魔法使い」と呼ばれるこの世紀の発明家の家を訪問したのだった。彼が抱える悩みは恋愛の問題。恋人アリシヤはヴィナスの外貌をもつ絶世の美女であるのにその内面は俗物そのもの、彼女の外見と内面のギャップに失望したエワルド卿は女のために自殺を決意している。かつてこの若い貴族に救われた過去をもつエディソンはエワルド卿を失意から立ち直らせるべく、外見はアリシヤそっくり、内面は理想的貞女の人造人間の製造を請合う。エワルド卿は半信半疑ながら自殺を思いとどまる。約束の3週間後、メンロパークのエディソン邸を訪れたエワルド卿はそこで「電氣學者」の約束したとおりの完璧な人造美女ハダリー(古代ペルシア語で「理想」の意」)と対面する。

われわれは決して他者を知ることはない。他者に関する情報の不足を想像で補って、それで事たれリと暮らしている。けれども恋愛において主体は対象のすべてを知りたいという欲求を抑えられず、情報の不足が苦痛になる。われわれの恋愛がもっとも昂じるのが対象が未知の人のときであるというのはだから自然であって、何らかの幻想を対象に投影してそれで悦に入るのが恋愛の醍醐味なのだ。
あなたがあの女の中に、呼びかけたり、眺めたり、創り出したりしてをられるものは、あなたの精神が客観視されたこの幻であり、あの女の中に二つに分けられたあなたの魂に他なりません。さう、これがあなたの戀愛なのです。

もしこの想像の余地を奪うほどに対象が主体の理想からかけ離れた存在だったとしたら。理想を裏切る、それこそが生身の女の素晴らしさだとしても、それに納得できず愚かな殉教者のように自らの理想にこだわり続けるエワルド卿のような人物は聞き入れないだろう。彼はあくまで恋人アリシヤには、その外貌にふさわしい人格を備えていてほしかったのだ。

想像によって相手を規定し、生身の女である彼女がこちらの想像を裏切ることを認めないエワルド卿はすでに自らの脳内に人工的なアリシヤを作ってしまっているのにこれに気づかない。彼がエディソンの提案した人造美女に躊躇するのはだから矛盾している。

ハダリーの出現はエワルド卿を震撼させる。彼女はアリシヤのふりをしてエワルド卿の前に現れ、完全に騙された彼に向って「ねえ、おわかりになりませんの? わたくし、ハダリーでございます」と自己紹介する。このときエワルド卿は「地獄から罵られた」ような気分に陥る。ここは完璧なる被造物が創造主を嘲る、ロマンチックな恋愛が残酷に踏みにじられる、本作中もっとも陰惨な場面だ。ハダリーの完璧さの前にエワルド卿は屈する。
私は人間を辭職する――時代も流れ去るがよい……それといふのも、二人の女を較べてみると、確實に、生きてゐる女の方こそ幻だと、氣がついたからだ。

エディソンは高らかに宣言するだろう、
私は諸君にかう申上げたい。我々の神々も我々の希望も、もはや科學的にしか考へられなくなつてしまつた以上、どうして我々の戀愛もまた同じく科學的に考へてならぬでせうか、と。


美しく、従順で、老いることのない理想の恋人ハダリー。彼女を得て、エワルド卿はロンドンへ戻ることになる。だがその最中にある悲劇が起こってエワルド卿の夢は頓挫する。滑稽な恋愛小説の結びにふさわしい。この結末には著者リラダンの冷笑が透けて見える。

誰もが恋人を理想化したがる。偶像化したがる。その幼稚であり、そうであるがゆえに純粋でもある執着心をそれらしく科学的に解決しようとした稀有な小説として本書は管理人の偏愛の1冊だ。
4488070043未来のイヴ (創元ライブラリ)
ヴィリエ・ド・リラダン 斎藤 磯雄
東京創元社 1996-05

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