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zoom RSS 『死都ブリュージュ』 ローデンバック

<<   作成日時 : 2010/10/30 00:00   >>

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そこは灰色の都。

40歳になるユーグ・ヴィアーヌは愛する妻の死後、フランドル地方の都市ブリュージュに引っ越してきた。妻の死は彼から生きる気力を奪い、彼は喪に服し、家政婦を雇って静かにやもめ暮らしを送っている。ブリュージュはカトリックの信仰篤く、「信仰深い女」の面影のある都市。雨と霧、沈黙と憂愁に支配されたブリュージュでの生活は、悲しみに沈むユーグに安らぎをもたらす。

半ば死者のような、半ば修道僧のような暮らしを送るユーグ。しかし、町中で妻と瓜二つの若い女を見かけたとき、彼のこの暮らしは終わりを迎える。亡くなって5年、常に脳裡を去らなかった妻の顔がいま幻のように目の前に現れたのだ。彼は呆気にとられ、そのあとでこの女の素性を探る。彼女は踊り子で、名をジャーヌといった。ユーグは彼女を情婦として囲う。

亡き妻の代替としての女。ユーグがジャーヌを必要としたのは、彼のこころの空虚を埋める必要があったからだ。はじめのうち、彼はジャーヌをありのままの彼女としては見ずに、妻の幻影として見る。妻の幻影として愛す。
実際のところ、彼は女に愛情をもっていたわけではなかった。彼の願望のすべては、このごまかしの幻影を永遠なものにしたいということだけだった。彼がジャーヌの顔を両手でささえ、自分のそばに引き寄せるのは、その眼をよく見つめ、そのなかに彼がかつて他の眼のなかに見たなにかを探し出すためだった。


妻と情婦との類似に翻弄されるユーグ。けれどもジャーヌは奔放な女であって貞淑だった亡き妻と内面は似ても似つかない。このことが決定的となったのは、ユーグが、亡き妻のドレスをジャーヌに着せてみたらどうなるかという思いつきを実行したあとのことだった。古臭い仕立てのドレスを着たジャーヌは羽目を外した振る舞いをしてユーグを憤激させる。このとき、二人の女の相違は決定的となった。彼が見ていたのはジャーヌではなくて妻の幻影だったのだ、ゆえに彼の情婦への想いは冷めてしまうかと思いきや、いつしか、彼はジャーヌその人を愛しはじめている自分に気づく。痴話喧嘩をして「出ていくわよ!」という女の叫びを聞いたとき、ユーグは自分の感情と直面する。
この重苦しい瞬間に、彼は感じたのだ、幻影と類似の幻覚に悩まされたあげく、やはりこの女を官能的に愛していたのだと――それは遅ればせの情熱であり、偶然にも返り咲いた薔薇の花を狂わせた、悲しい十月そのものだった!


こうして愛しはじめた女であったのに、ジャーヌが駄々をこねて彼の家を訪れ、彼が聖遺物のように大事にしまってきた亡き妻の髪束を弄んだとき、ユーグの怒りが突如爆発する。彼は髪束を取り戻すために情婦の首に手を回し、その呼吸が止まるまでついに手の力を緩めることはないだろう。

二人の女のあいだで揺れ動きながら、結局は亡き妻の思い出を振り切れなかったユーグ。このあたりの微妙な心理が、カトリック色の濃い、憂愁の都市を舞台に扱われる。都市独特の情緒はそこに暮らす者を感化させる。著者は冒頭で本書を「情熱研究の書」と呼んでいる。本書の主人公はユーグではなくて都市ブリュージュなのだ。著者は本書において、人間を支配する存在としての都市を描きだすことを第一とした。世紀末的な不安の色調に染められた都市は、実際の都市とはかけ離れた幻想の都市、どこにもない場所として実に魅力的に描かれている(ダレルにおけるアレクサンドリアのように)。ブリュージュの様子を伝える30枚ほどの写真も収録されている。

4003257812死都ブリュージュ (岩波文庫)
G. ローデンバック 窪田 般弥
岩波書店 1988-03

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本書は福永武彦の「廃市」にも影響を与えているとか。
4101115036廃市・飛ぶ男 (新潮文庫 草 115-3)
福永 武彦
新潮社 1971-06

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