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zoom RSS 『白痴』 ドストエフスキー

<<   作成日時 : 2010/12/04 00:00   >>

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後期長編のひとつを新訳で。

小説はサンクト・ペテルブルグへ向う鉄道列車内で二人の若い男が出会う場面からはじまる。一人は病気療養を終えスイスから帰国したムィシキン公爵。もう一人は先日莫大な遺産を相続した商人ロゴージン。ムィシキン公爵は長くロシアを離れていたため祖国の現状に詳しくない。癲癇の持病をもち、あまりに浮世離れした純朴さから「白痴(イデイオット)」と呼ばれる公爵と、正反対に己の欲望に忠実で直情的なロゴージンの二人はまるで水と油のようでありながら、車内でのささやかな会話がきっかけで親しくなる。

祖国に帰国したとはいえムィシキン公爵には身内は一人もいなかった。孤独な彼は唯一のつてと頼むエパンチン将軍家を訪れ、そこで、将軍家の秘書を勤める青年と、絶世の美女ナスターシヤの婚約を知る。彼女の写真を一目見た瞬間から彼女は公爵にとって特別な存在となった。ナスターシヤは高慢な性格で、少女のころに好色な地主に目をつけられ彼に囲われた暗い過去をもっていた。この「不幸」がムィシキンをとらえ、彼は彼女に同情する。

純朴の人ムィシキンはその純朴さのゆえに周囲の誤解と混乱を招き、彼の登場によって社交界は動揺する。ナスターシヤは、将軍家の秘書と婚約するかと思いきや、今度は公爵と結婚しそうになり、その寸前で女のこころ変わりによってロゴージンのもとに走る。もともと彼女に首ったけだったロゴージンは彼女をかくまい、今度はこの二人が結婚するという噂が立つ。

ムィシキン、ロゴージン、ナスターシヤ。この恋愛のトライアングルに、将軍家の末娘で美貌のアグラーヤが絡み、彼女とムィシキンとの恋愛も取り沙汰される。一時は、ムィシキンとアグラーヤ、ロゴージンとナスターシヤの二組のカップルが成立するかと思いきや、アグラーヤは公爵を捨て、ナスターシヤはロゴージンを捨て、主人公とヒロインの結婚が決まったあとで、嫉妬によるナイフの一振りによって、この愛は永遠に失われる。そして最後には、横たわる女のそばで恋敵同士が夜を明かすという不気味な一幕が演じられるだろう。

本作にはドストエフスキー自身の体験が、自伝的な要素が多く含まれている。小説がはじまってすぐに、公爵は死刑囚の心理について長々と述べるが、執行直前で刑を免れて命拾いをした死刑囚というのはほかならぬ著者自身の体験であり、また抱える持病の癲癇は著者の持病でもあり、発作の直前に感じるという高揚感が神秘的な体験として公爵の口から語られる。

また後期の著者に特徴的な、実際に起きた事件から想を得るジャーナリスティックな一面もあり、当時起きたという家庭教師による一家殺害については小説中で幾度か言及される。『罪と罰』や『悪霊』や『カラマーゾフ』にも、こうした面はあった。このほかに黙示録(レーベジェフによる解説)やマグダラのマリアの受難(ナスターシヤの生い立ち)など聖書のモチーフも加わっている。

それにしても『白痴』の退屈さはどうしたことだろう。管理人はドストエフスキーに好意的な読者のつもりだが、この退屈さには辟易した。『白痴』は過去に何度か読んでいるはずだが、数年ぶりの再読で意外だったのがロゴージンの登場場面の少なさだ。強烈なキャラクターゆえ存在感があるが、彼はそれほど登場場面が多くない。
おそらく退屈さの原因はムィシキンの存在感の弱さにあって、著者は彼をキリストになぞらえ「しんじつ美しい人」として構想していたが実際に小説中にいるのは滑稽で頼りない病者でしかなく、彼は小説で起きる悲劇を食い止める力を持てず、当事者でありながら悲劇を傍観するしか術をもたない。著者の後期の小説には善良さや純朴さを象徴する人物が多く登場するが、『罪と罰』のソーニャにせよ、『未成年』のマカール老人にせよ、ムィシキンにせよ、人々の混乱と悲劇を収拾する力をもてない。『カラマーゾフ』にいたって、ミーチャやアリョーシャのような、他者の苦しみを自己の苦しみとして引き受け、迷いながらも生を肯定し前進する強さをもった人物がようやく登場する。「しんじつ美しい人」と構想されたムィシキンは、本作においては無力な病者に過ぎない、少なくとも管理人の目にはそう映る。

また恋愛小説として括られることも多い本作を読むと、ドストエフスキーの描く女の魅力のなさに改めて気づかされる。ナスターシヤにせよアグラーヤにせよ、もはや他の長編に登場するヒロインと明確に区別がつかない。グルーシェニカもナスターシヤも、管理人には大差なく思える。個人的にはドストエフスキーの描いた女でとくに印象深いのは、『悪霊』のマリヤだ。

ドストエフスキーの長編におなじみのロシア社会にまつわる議論も多く展開される。女性解放問題や、カトリック=異端等の議論はしかし今日の日本に生きる読者にとってはさほど重要と思われない。ジャーナリスティックな作家ゆえ地理や歴史によって限定される部分はあるだろう(革命運動や児童虐待問題等の今日的な課題も含む作家ではあるが)。

特異な心理によって自己の破綻を招く人物たちの物語。ここで扱われるのは恋愛というよりも所有、欲望の問題ではなかったか。

4309463371白痴 1 (河出文庫)
ドストエフスキー 望月 哲男
河出書房新社 2010-07-02

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430946338X白痴 2 (河出文庫)
ドストエフスキー 望月 哲男
河出書房新社 2010-08-04

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4309463401白痴 3 (河出文庫)
ドストエフスキー 望月 哲男
河出書房新社 2010-09-03

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『悪霊』の新訳も刊行されはじめた。
433475211X悪霊〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー 亀山 郁夫
光文社 2010-09-09

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