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zoom RSS 『夢の丘』 アーサー・マッケン

<<   作成日時 : 2011/01/07 00:00   >>

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孤独な青年の夢想。

イギリスの田舎町で育ったルシアン・テイラーはふるさとを愛し、人の立ち入らない山の奥やいまは廃墟となった砦を独り訪れては夢想をたくましくし、想像の世界を脳裡に豊かに描き出し、自分だけの世界に遊ぶのが習い性になっていた。夢想癖のある少年らしく、ルシアンには作家になりたいという夢があった。自分が想像した世界を言葉によって表現したい――その欲求に激しく憑かれた彼は、学資の都合がつかなくなり学校を退学したのち、家にひきこもって創作を開始する。唯一の肉親である父親は貧しい牧師で、彼は息子の行状を不安に思いつつも才能の欠片があるのを認め、容認する。ルシアンは夜な夜な机に向かい、ひたすらに創作に邁進する。そんな彼を、田舎町の住人たちは奇異なものを見る目で見るのだった。凡俗と自分は違う、自分は彼らにはとうてい理解されない高尚な仕事に全霊を傾けているのだ――娯楽といっては近所の噂話か飲酒しかない田舎者たちを見下すのは、ルシアンのひそかな矜持ゆえだった。とはいえ、彼の努力は世に認められない。

時を経て、ルシアンは青年となり、ふるさとを後にしていまはロンドンにいる。貧しいあばら家で、おんぼろの机に向って創作に打ち込んでいる。霊感を得て筆を走らせる夜も、明けて読み返せば陳腐な出来に自身の才能を疑う――そんな日々を繰り返す。作家としての芽は出ない。あれほど愛したふるさともいまは遠くなった。親類は、もう文学は諦めて何か実業の道についてはどうかと繰り返しルシアンに促す手紙を寄こし続けている。父親の体調もすぐれないようだ。そして彼がふるさとに置いてきた初恋の少女は、農家に嫁ぎ、彼から失われた。お茶とパンだけで一日を過ごし、濃霧の立ち込めるロンドンをさまよい歩き、己の才能を疑い、それでも書きたいという欲求をどうしても捨てられない。ルシアンは次第に追い詰められていき、ついには睡眠薬の助けを頼むことになる。それが彼の命を奪う未来を予感していたのか否かは知れない。

ある冬の日に、ルシアンは睡眠薬の多量摂取によってひっそりと息絶える。半年かけて書き続けた長編小説をようやく脱稿した直後だった。脳裡には過去の記憶と風物が走馬灯のごとく去来する。もはや夢とうつつの境界はなくなり、幻想のなかに現実があり、現実のなかに幻想が見え隠れする。死の間際のルシアンに訪れたのは、遠く過ぎ去った少年時代の思い出、山深く緑多きふるさとで過ごした日々のこと。父親や同居していたいとことの暮らし、人跡まばらな廃墟を飽きず訪れては空想に耽った一日、初恋の女と結ばれた夜。そのすべてが、魔術のような妖しい輝きでルシアンをやさしく誘うだろう。
こちらへおいで。
「ああ、ふるさとへ帰りたい」。
幻想に呑まれたルシアンの口から思わず漏れた本心。やがて彼は絶命する。窓の外では強風が吹いていたが、死にかけている青年の身には静寂が訪れる。幻想に憑かれた青年は、夢見るように死んでいく。彼がもっとも魅せられた、ふるさとの丘から眺めた真っ赤な太陽を、脳裡で激しく燃やしながら。

本作は著者の自伝的要素の強い小説で、主人公ルシアンは著者の分身といわれる。彼が過ごしたふるさとの描写が非常に多いが、これはやはり著者のふるさとであるカーリオン・オン・アスクと考えられている。夢見がちな青年が文学を志し、やがて挫折し、己の夢想に抱かれて死んでいく。なんとも凄惨なお話で、たとえば同じように自身を主人公にして文学への憧れと挫折を描いたギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』の静穏とは対極的だ。サバトへ招く女の白い手が散見される怪奇趣味の小説となっている。愛惜の念をもって過去を振り返るのがいつしか幻想と溶け合うくだりは、ヘッセの『車輪の下』の後半部分と通じる。あの不穏、あの哀切。ヘッセの自伝的作品と同じく、マッケンの本作も、人生の門出で命を失わねばならなかった不幸な若者を扱ったすぐれた青春小説となっている。己の夢に喰い尽くされた一人の青年のかなしい末路。

筋らしい筋といってはそれほどなく、一人の青年の遍歴を主として内面から描く。夢想家にとっては切実な内容であるだろう。最終章は圧巻。

4488510027夢の丘 (創元推理文庫 (510‐2))
アーサー・マッケン 平井 呈一
東京創元社 1984-09

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古典新訳文庫からもマッケンは出ている。このシリーズで、ウォルポールの『オトラント城奇譚』やベリャーエフの『ドウエル教授の首』やリラダンの『残酷物語』は出版されないだろうか。
4334751768白魔 (光文社古典新訳文庫)
アーサー マッケン Arthur Machen
光文社 2009-02

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4334751458車輪の下で (光文社古典新訳文庫)
ヘッセ 松永 美穂
光文社 2007-12-06

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400322471Xヘンリ・ライクロフトの私記 (岩波文庫)
ギッシング 平井 正穂
岩波書店 1951-01

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