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zoom RSS 『馬を盗みに』 ペール・ペッテルソン

<<   作成日時 : 2011/01/13 00:00   >>

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半世紀の時を挟み、交互に述べられる、老境の今と少年時代の夏。

70歳のトロンド老人は3年前に妻を交通事故で亡くし、経営していた会社を売却し、その金でノルウェーの田舎に一軒の中古住宅を購入した。改装は自らの手で行い、電話は引かず、暖は薪ストーブでとり、寒く長い夜はディケンズを読んで過ごす。娘と別れ、新しい住所も告げず、施設から拾った犬と暮らしている。すべてがハンドメイドな生活。静穏なトロンド老人の日常はしかし、一人の昔馴染みとの再会によって破られる。その人物は、トロンドが15歳の夏に、村で知り合い仲良くなった友人の弟だった。彼の起こしたある事件によって、彼の兄はトロンドの前から姿を消した。そして父親の失踪とも無縁ではない人物だった。トロンドが知らない父親のもうひとつの顔を知ったのも、同じ夏の出来事だった。この運命のいたずらにより、トロンドは自身の過去を回想することになるだろう。

1948年。スウェーデンとの国境に近いノルウェーの小さな村で父親とひと夏を過ごすことになった15歳のトロンドは、首都オスロから雄大で過酷な自然のなかへ移り、身体を酷使して日々を送る。干し草つくり、伐採、材木流し。遊びといえば友人とヨットを川に浮かべ、他人の馬を盗み乗る。巧みに手仕事をこなし、黙々と肉体労働に明け暮れる父親の背中を見ながら、少年はいつしか青年へと変貌していく。ひと夏という短い期間、けれどもこの夏はトロンドにとって忘れられない思い出となって残り続ける。その夏は、父親と過ごした最後の日々であったから。

現在と過去が交互に述べられる構成となっている。強い意志をもって孤独な生活を選択したトロンド老人。父親の失踪という出来事が、彼の人格に影響を及ぼしているのは間違いないだろう。彼にとっての父親は、憧憬の対象であり、どこか謎めいていた。この謎はやがて解明されるのだが、明かされた父親のもうひとつの顔は息子には想像もつかないものだった。

トロンド老人が回想する少年時代は、情感に溢れみずみずしい。その回想のさなかに、父親の素性を探索するという謎解き的な要素も本作の重要な要素になっているが、著者はすべてを明確に述べることはしない。父親は失踪するのだが、失踪の直接的な原因やその後の消息に関しては直接には述べず、語り手トロンドによる断片的な記述から推測するしかない。おそらく父親は妻以上に愛する女とともに生きることを選択し、息子をはじめ家族を捨て、新しい別の息子を得たのだろう。その新しい息子こそが、偶然トロンドが再会することになった人物なのだろう。トロンドは悲嘆や泣き言を決してもらさない強い性格のもち主だが、この父親の失踪という喪失が彼に与えた打撃はいかばかりだったか。彼の母親はそのとき以降、ある重苦しさを身にまとうようになった、と彼は述べる。

著者は38歳のときにフェリーの炎上事故で肉親を失っている。彼にとって家族は、創作において重要なテーマであると訳者は巻末の解説で述べている。
管理人は、そうした家族というテーマ性もさることながら、身体にまつわる多くの記述が印象に残った。「薄っぺらな思想」とユーモアに嫌悪感を示し、道具のひとつひとつを肉体の一部であるかのように使いこなすことの重要性を説くトロンド。過酷な自然のなかでの労働、父親と息子とのふれあい――ローリングズのあのすばらしい『鹿と少年』と通じる部分があるだろうか。人生に対するポジティブな姿勢も。

わたしは人生を運命のせいにするタイプの人間とは反りが合ったためしがない。めそめそしたり、自分が悪いんじゃないという顔をして同情を乞うたりするようなやつらだ。自分の人生は自分が作っていくものだというのがわたしの信念だし、自分の人生はそうしてきた。どれほどの価値がある人生かはともかくとしてだ。そして自分の人生には完全に責任を負う。

本書69頁


「だれだって、人生がいいものであってほしいと思うし、楽に生きたいと思う。たしかに、人生はいいものだ。すごくいいものだ。だが、楽ではない。人生は人間をぶちのめす。立ち上がると、またぶちのめす」

ローリングズ『鹿と少年』


「にもかかわらず」ではなく「であるからこそ」強く生きることは大切なのだ。上に引用した箇所を読むと勇気が湧いてくる。

4560090130馬を盗みに (エクス・リブリス)
ペール ペッテルソン 西田 英恵
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ローリングズ 土屋京子
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