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zoom RSS 『トーニオ・クレーガー 他一篇』 トーマス・マン

<<   作成日時 : 2011/01/28 00:00   >>

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トーマス・マンにとっての『ウェルテル』。

トーニオは内省的で孤独な少年だ。彼は同じ学校に通う、勉強ができて運動も得意なハンス・ハンゼンにひそかに憧れ、彼と友情を築きたいと願っていた。ハンスは美しい外貌をしていて、それだけでもトーニオは羨望を覚えた。孤独ゆえに生じる夢想に浸り、詩を書かずにはいられないトーニオとは正反対に、ハンスは健全な少年で、乗馬が趣味で、同じ感動を味わいたいと思ってトーニオが勧めるシラーよりも、写真付きの馬の本のほうがいいという。トーニオはハンスとの友情を望みながら、それが不可能であるのを悟っている。彼と自分とでは話す言葉が違うのだ…。あまり自身と違いすぎるからこそ、却って彼に惹かれるのかもしれない。トーニオは文学を自身の道と決めている。けれども、いつか自分が有名な作家になったとしても、おそらくはハンスのような健全な人はそんなものを読もうとも思ってくれないだろうこともわかっている。

トーニオには想いを寄せる少女がいた。金髪のインゲボルク。美しいこの少女もまた、ハンスと同じ世界に属していた。どれほど芸術的にすぐれた仕事をしても、彼女もハンスと同じようにその価値を認めてはくれないだろう。彼女もハンスも、読書よりも乗馬やダンスに、悩みになど深く囚われず人生を充実させ生き生きと生きることに何の疑問も抱かず熱中している。それにひきかえ文学は精神の退廃と無縁ではない。トーニオは鬱屈した感情を抱きながら作家を志し、やがて父の死が家族の衰退を招き、故郷をあとにする。

やがて13年の時が経ち、トーニオは念願の作家になった。彼は気分転換をはかって故郷へ、そしてデンマークへ旅する。かつてハンスとともに散歩した故郷の道。かつて暮らした家。少年には大きく見えた町が、いまはなんと小さく、わびしく見えることか。そのあと訪れたデンマークのホテルで、トーニオはハンスとインゲボルクそっくりの少年少女を見かける。彼らの親が開いたパーティで、楽しそうに踊り、菓子をつまむ美しい少年と少女。自分も彼らくらいのころ、あんなにも憧れた「純粋な」人たち。トーニオは自身は芸術家という「道に迷った凡人」であるに過ぎず、ハンスやインゲボルクのようになりたいと望みながらもなれないことを肯定し、そうであったとしても自分は人生を愛しているのだと自覚して小説は終わる。

周囲との距離感や、身を切るような憧憬。望んでも得られない他人のこころに直面したときの絶望感と、にもかかわらず思い切れないことの苦しさ。多くの読者にきっと覚えがあるだろう心の機微を、繊細に、しかし饒舌に陥ることなく簡潔に著者は述べる。130頁ほどの分量なので一気に読むと、多くのモチーフが作中で繰り返されている構造がわかりやすくなり、丁寧に構築されているのがわかる。そう、『トーニオ』は著者自身がもっとも愛した作品だった。トーニオはマンの自画像であり、ここで幾度も言及される「芸術か生活か」といういまとなっては古くさい芸術論も、当人にとっては切実だったのだろうことが知られる。芸術と生の対立という図式は、管理人が好む福永武彦的なモチーフでもある。ものを識ることと創造することは呪いだとトーニオは述べる。その呪われた人間が芸術家と呼ばれる人種なのだと。ああ自分もハンスやインゲボルクのように生きられたら。けれどもたとえ生まれなおしたとしても、やはり自分はいまのような迷い子として、認識と創造のために精神を疲弊させ、荒涼とした人生をとぼとぼと歩いていくしかないのだろう。それでも自分は、人生を愛している。この最後の告白は、著者のそれでもあっただろう。

かつて実吉捷郎訳で読んだときにはさほど感銘を受けなかったのが、このたび新訳で再読して、丹念な構築と繰り替えされるモチーフのもつ音楽的な美しさにため息が出た。本邦でも多くの作家が愛読書として言及するゆえんだろうか。


同時収録の『マーリオと魔術師』はファシズム批判の書。独裁者を魔術師(催眠術師)に喩えて、精神的に支配されることの恐怖を述べる。

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しづのをだまき
2011/01/31 11:34

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして!以前から時々お邪魔しています。私のは高橋義孝訳でしたが、平野卿子訳はそんなに良いですか?関連記事をTBしました。
Bianca
2011/01/31 11:33
>Biancaさん

はじめまして。
新訳もよいと思います。
epi
2011/02/04 18:30

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