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zoom RSS 『オブローモフ』 ゴンチャロフ

<<   作成日時 : 2011/02/04 00:00   >>

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「無用者」の死まで。

30歳を過ぎた貴族のオブローモフは怠惰を絵に描いたような人物だ。彼は汚れた部屋着を着て、散らかった部屋でベッドに寝そべって何をするでもない。読書も書き物も社交もすべてが面倒くさい。部屋にひきこもって旨い食事と酒を楽しみ、たまの訪問客を相手に世間話をしてその日その日をだらだらと過ごしている。とはいえ、彼は決して何事にも無関心なだけの人物ではない。彼は「水晶のように透き通った魂」を持っており、善良で純粋な、感じやすい性格の人物として人々から愛される。意志薄弱で極端な怠け者ゆえ何年も前から構想しているだけではあるが、所有する土地の改革に着手せねばならないことはわかっている。ただそれが、いつまでもぐずぐずしているので一向に完成しないのだ。ドストエフスキーのラスコーリニコフ同様、寝そべっては考えごとに耽り、その考えごとの答えは出ない。著者は彼をロシア人の一典型として描き、それを「オブローモフシチナ(オブローモフ気質)」と名づけた。この主人公は小説の第一篇(岩波文庫の上巻にあたる)ではついにベッドから起き上がらない。

筋はいたって静的なもの。序盤は怠け者オブローモフが多くの訪問客とひたすら世間話をする。続いて彼の親友であり性格が正反対で行動的な実務家シュトルツが登場し(彼は本作の裏主人公だ)、オブローモフを活動的にしようと世話を焼き、知的な少女オリガと引き合わせる。生まれて初めての恋に落ちたオブローモフはこれまでの怠惰な生活を改め、オリガへの愛に身を捧げる。オリガもまたオブローモフの持つ美しいこころを見抜いて彼の気持に応える。けれども結婚がちらつきはじめるとだんだんと何もかもが面倒になってきて、オリガを愛してはいるものの彼女の存在が重荷になってくる。結局二人は別れることになり、オブローモフは知人の紹介でペテルブルグの外れに引っ越す。家主の未亡人は働き者の世話焼きで、オブローモフの身の周りを世話するうちに二人は親しくなり、やがて結婚する。彼が望んだのは憂悶や失望のない代わりに激しい喜びもない、単調で退屈で平穏な日々だった。彼は隠花植物のようにひっそりと日陰の部屋で生き、やがて脳溢血で死ぬ。

農奴制の上に生活の基盤を置き、その利益で漫然と暮らしているオブローモフ。何をするでもなく、ベッドに寝転がって今日も一日が過ぎていく。彼は何者であるか。召使は答えるだろう、「旦那だ」と。この「旦那」は遡ってプーシキンのオネーギンにその祖を辿れる。高等教育を受けた有為な青年でありながら何をするでもなくぶらぶらしている「無用者」。恋愛に夢中になってはやがて冷め、自身の財政に関わる問題すら考えるのが面倒だからと先延ばしにしてあやうく破産の危機を迎える。実際問題に関してはとことん駄目な人間であるのに読んでいて彼に嫌気が差さないのは、上にも述べたように彼が本質的には高潔だからだ。これほど純な人物はそういないだろう、『白痴』のムィシキン公爵とてオブローモフの前では霞む。

筋はいたって静的と書いたが、オブローモフとオリガの恋愛、失恋して傷心したオリガとシュトルツがやがて結ばれるくだりは恋愛心理を詳細に分析していて、本作をすぐれた恋愛小説と呼ぶのも決して的外れではないだろう。オリガはロシア文学に登場するヒロインのなかでもとりわけ魅力的だ。向上心があり、家政に長け、芸術的素養を備え、いつまでも若々しく、夫への気配りを忘れない、一途な美少女。これほどまでに典型的なヒロインであるのが新鮮だ。

シュトルツもオリガも、よりよい未来を希求している。しかしオブローモフは一切の変化を恐れ、ひっそりと平穏に暮らしていければ最上と考えている。友人である二人はなんとかオブローモフを社交的な、活動的な人物にしようと躍起になり、オブローモフも一時はそうなるものの本質に叶っていないためにやがて無理が祟り、自身の居心地のよい生きかたに落ち着く。彼が妻とした未亡人はオリガと比較すればつまらない女であるかもしれないが、彼女は彼を無理に変えようなどとはつゆ思わず、愚鈍なまでにいまある彼を肯定している。そんな女と暮らすほうがオブローモフにとっては楽だったのだ。

活動的な人生こそが人間の理想的な生きかただと信じて疑わないシュトルツやオリガ。しかしオブローモフはそう思っていない。最後になって、彼は彼なりの幸福を手に入れたのだ。何がその人にとって幸福なのか、他人に計れはしない。生きかたは人それぞれ、人生の幸福もまた人それぞれ。人の人生に口出しは要らない。


4003260627オブローモフ〈上〉 (岩波文庫)
ゴンチャロフ 米川 正夫
岩波書店 1976-02-16

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4003260635オブローモフ〈中〉 (岩波文庫)
ゴンチャロフ 米川 正夫
岩波書店 1976-06-16

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4003260643オブローモフ〈下〉 (岩波文庫 赤 606-4)
ゴンチャロフ 米川 正夫
岩波書店 1976-08-16

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