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zoom RSS 『バンビ』 フェーリクス・ザルテン

<<   作成日時 : 2011/03/11 00:00   >>

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森に生き、森に死ぬいのちのこと。

ノロジカの子バンビは深い森に生まれた。母親に大事にされて育つ。森のなかには多くの動物たちがいた。リスやウサギやフクロウたち。バンビは母親に連れられて森のなかを抜け、草原に出ることを覚える。はじめて浴びる陽光の眩しさ。同じノロジカの仲間にも出会う。そのうちの一人と、彼はやがて結ばれることになる。そして古老と呼ばれる鹿との邂逅。古老は、はぐれた母親を探し惑うバンビのまえに現れると「ひとりでいることができないのか」と問う。そうして生きるための知恵を体験から学んでいけと諭して消える。この言葉をバンビは生涯忘れなかった。

森の動物たちには共通の敵がいた。人間だ。動物たちは人間を「あいつ」と呼んで恐れていた。「あいつ」は遠くから轟音とともに何かを飛ばして傷つける。茂みのあいだに罠を仕掛ける。何が目的かは知らないが、とにかく「あいつ」はバンビたちの敵なのだ。

バンビが成長したある日、「あいつ」は大勢で現れる。森を包囲し、次々と動物たちは倒されていく。バンビは必死で逃げるが、母親を見失い、ノロジカの友だちは撃たれて動けなくなる。自らが助かるためには見捨てるしかない。バンビは彼を置いて逃げるが、やがてこのノロジカは森に帰ってくる。彼は人間に飼われていたのだ。帰ってきた彼は人間は賢く、何でもできる偉大な存在なのだと仲間たちに触れまわる。しかしバンビをはじめ動物たちは信じられない。このノロジカは自分は人間の仲間なのだと思い込んでいたが、やがて森に入ってきた密猟者に撃たれて死ぬ。

「あいつ」は万能なのだろうか。古老はある場所へバンビを連れていく。そこには、雪のなかに倒れて死んでいる人間がいた。古老はいうだろう、「あいつ」は万能ではない、彼らとて死ぬ、われわれと同じように、と。死体を見てバンビは悟る。この世界には動物や人間よりもっと大きな存在があるのだと。それを自然というか神というかは作中では明確に言及されない。

かつて思春期にはメスのノロジカと一緒にいることがバンビにとっての幸福であったのに、成長した彼はあえてひとりでいることを選ぶ。森のなかで遠くに彼女を見かけてそばに近づきたくなっても自制して、眺めるだけにする。彼女もずいぶんと年をとった。かつてはあんなにも美しく、快活だった彼女が。同じようにバンビも老いつつあった。

古老はやがてバンビの前から姿を消す。そうしていつしかバンビが森の古老と呼ばれるようになっていた。小説はバンビが森のなかで母親とはぐれて泣いている子ジカに「ひとりでいることができないのか」と問いかけて終わる。かつての古老とバンビの邂逅を繰り返すように。

孤独でいろ、それこそが古老からバンビへと受け継がれた知恵だった。すべてのいのちが一人で生まれ一人で死んでいく、そのことを示唆するようで奥深い。著者は動物の生態について熟知しているようで、野生に生きることの厳しさが迫力をもって述べられている。読み終えたとき胸が静かになる。名作とはこういうものだろう。

400114199Xバンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)
フェーリクス・ザルテン ハンス・ベルトレ
岩波書店 2010-10-16

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