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zoom RSS 『ガリバー旅行記』 ジョナサン・スウィフト

<<   作成日時 : 2011/04/10 00:00   >>

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空想から呪詛へ。

船医ガリバーによる旅行記。小人の国(リリパット)と巨人の国(ブロブディンナグ)の箇所が多くの人に知られているが、この二国への旅は本編の半分に過ぎない。二国を旅したのちガリバーはさらに浮遊島(ラピュタ)、不死者の住む国(ラグナグ)、わずかな滞在ながら日本、そして理性の国ともいうべきフウイヌムへと辿りつくだろう。

リリパットとブロブディンナグ訪問については紹介するまでもないだろう。本作は諷刺小説であり、諷刺すなわちユーモアと批評精神は物事を相対化、客観化する視線からしか生まれない。存在を巨大化、あるいは縮小化することで人間の特徴を際立たせる。この二国への旅の部分にも毒はないとはいえないけれどもまだ程度は抑えられており、それでも人間の非合理性への揶揄と、著者の女性嫌悪の念が垣間見える。

本作の特色が顕著になるのは後半部分で、たとえばラピュタへの旅では専門分野にのみ特化した知識人の滑稽を描き、決して死ねない不死者との対面によって生きること死ぬことの意味が問われ、霊媒者一族の島への訪問によって人類の歴史がいかに恣意的なものであるかが誇張されて述べられるだろう。

そして著者のペシミズムと狂気にも似た人間嫌悪が極まるのが理性の国フウイヌムへの旅を扱った最終章だ。ここでは人間そっくりのヤフーと呼ばれる醜悪なけだものが登場し、彼らを家畜とする馬によく似たフウイヌムたちの徹底した合理性と高潔さが、ヤフーの貪欲さ傲慢さと対比的に描かれる。フウイヌムたちには悪の概念がなく、それを指す言葉ももたない。ガリバーはフウイヌムたちに人間の特徴について述べるがフウイヌムには理解できない。なぜ人間は当然のように権力を望んだり、他人を蹴落とそうとしたり、あるものすべてをわがものとせずにはいられないのか。なぜ嘘をついたり、中傷したり、盗みを働いたり、同胞を殺したりできるのか。愚劣ではないか。フウイヌムとともに暮らし、彼らの理性的かつ高潔さに同調していくにつれガリバーは人間への嫌悪がいよいよ募り、もはや故郷の英国を捨て、この国で一生を終えたいと願うようになる。しかしその願いは叶わず、彼はヤフーたちの国へと帰らざるを得なくなる。そして半ば狂人のように同胞を嫌悪しながら余生を送るだろう。

著者は政界との関わりもあった野心的な僧侶だったという。すぐれた論客でもあったようだが生まれつき癇症で、こういった人物がうまく人間関係を築けないだろうことは察しがつく。幼くして父を亡くし、母に捨てられるという複雑な生い立ちがあり、性的に不能だったともいわれるが真実かどうか。こうして憶測で物事を判断しようとするのはフウイヌムならおよそ理性的でないと戒めるだろう。しかし著者の人類への嫌悪と呪詛がこうした生涯、性格と無縁であったとは思えない。実生活で多く辛酸を舐め、それによって創作は研ぎ澄まされていく、そのような不幸な作家の一人だったのだろう。『ガリバー』は著者59歳のときの作品で、のちに彼は精神を病み、廃人となって生涯を終えたという。

スウィフトはこの世の美しいものすべてに泥を塗る、そう批評したのは夏目漱石だった。このような怒りと呪詛の文学がなぜ本邦では(部分的にとはいえ)子ども向けの読み物とされてきたのか、腑に落ちない。

なお、このたびの新訳は現代ふうの言い回しになっていて、かつて新潮文庫の中野好夫による古風な言い回しに辟易した読者としてはありがたかった。
4042982182ガリバー旅行記 (角川文庫)
ジョナサン・スウィフト 山田 蘭
角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-03-25

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
空想から呪詛へ・・全くの同感です!
正確な読みであるなぁ・・と論評の切れ味に感心しました。
ただ、中野好夫の訳を自分は味と感じて親しみましたが、
これは歳の差(自分はジジイ)であるからかなぁ。
新訳でまた読み返したく思いました。
これからも良書、いろいろ教えてください。
nao
2011/04/10 16:41
>naoさん

コメントありがとうございます。
中野訳を読んだのはかなり以前なので記憶は不確かなのですが一人称が「吾輩」だったように記憶しています。そろそろ新訳で読みたいと思っていたところで映画の宣伝もあってか新訳が出て、これがとても読みやすかったので嬉しかったのです。
epi
2011/04/11 05:51

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