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zoom RSS 『水晶 他三篇』 シュティフター

<<   作成日時 : 2011/04/15 00:00   >>

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短篇集『石さまざま』から4篇を精選。

「水晶」「みかげ石」「石灰石」「石乳」、短篇には石の名がつけられている。著者は短篇集の名について「すべての人間は他のすべての人間にとって一個の宝石である」と述べている。19世紀のオーストリアの豊かな自然を背景に、そこで生きる人たちの姿を限りない愛情をもって描く。自然はわれわれには統御できないおそろしい力をもちながら、われわれを優しく包みもする。冬のあとには春が来て、雪は溶けて花は芽吹き、空の色が鮮やかになっていく――そうした自然界の円環にはわれわれ人間を癒す不思議な力があると思っている。

著者は、人間には善美を希求する本能があると信じていた。人間完成を個人の究極の目標に置く精神が基底にある。彼の人間完成とは決して派手でも騒がしくもない、いたって静的でささやかなものだ。本書に収録された短篇では登場人物たちはみな何らかの災厄に見舞われるが、それに耐えることで偉大さを読者に示す。英雄的な行為における偉大さを著者は低いものとみなしており、日常生活におけるささやかな善意こそが真に偉大であるのだと考えていた。ゆえに創作ではつねに身近な出来事やごく普通の市民しか扱わないために同時代の読者からは退屈だと非難されもした。しかし著者の意図を知る読者ならばこれら小さな物語を不当に低く評価はしないだろう。

「水晶」は本書のなかでも突出して素晴らしい。これは出先から山向こうにある家へ帰る途中で大雪のため遭難し、厚い氷の世界に閉じ込められる幼い兄妹の物語だ。妹を気遣いながら知恵を絞って帰還の道を模索する兄と、兄を信頼する妹、この二人の姿が可憐で胸を打つ。雪に覆われた眩しいほどに白い世界では方向の感覚はなくなり道は見失われるだろう。油断すれば死が訪れる。洞窟のなかで夜を越すとき、うとうとする妹を兄は眠らせまいと励まし、濃い珈琲を与えて凌ぐ。兄は妹の身体に自身の上着を掛けてやり、食料も与える。幼いながらもこの兄には著者好みの、真の強さとしての忍耐力と他者を気遣う心とが宿っている。

「みかげ石」では疫病、「石灰石」では洪水、「石乳」では戦争と、4篇のどれも災厄を扱い、それに遭遇しても屈せずに逞しく生きようとする人間の姿が描かれている。自然の悪魔的な力を冷徹に見つめる目と、それを乗り越える人間の強さを信じる精神。シュティフター文学の二つの特性だろう。説教臭さがないところも快い。

4003242238水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)
シュティフター 手塚 富雄
岩波書店 1993-11-16

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この著者は長い間名前を見るだけで読んだことはありませんでしたが、東日本が大災害に見舞われた今のこの時期に相応しい内容のようですね。
Bianca
2011/04/23 07:18
>Biancaさん

あるいはあの災害のあとだからこそこういう読みになってしまったのかもしれません。
epi
2011/04/25 12:34

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