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zoom RSS 『見えない都市』 イタロ・カルヴィーノ

<<   作成日時 : 2011/05/14 00:00   >>

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奇想の諸都市へ。

マルコ・ポーロが旅した55の都市をフビライ汗に語る。諸都市のどれもが尋常ではない。記憶のなかにのみ存在する都市、地底湖の上に建設された都市、永遠に建設中の都市、死者と生者が共生する都市などなど。都市の由来やその外貌、そこに暮らす人間たちについてのポーロの語りはどれもスケッチと呼べるほどに短い。このスケッチのなかに抒情があり、幻想があり、戦慄がある。「記憶」「名前」「記号」等に分類されてひたすら続く都市の紹介は単調で、合間に挿入されるポーロとフビライ汗のやりとりが読者を退屈から救う。どの都市も奇想に溢れた、ときにSF的な仕掛けがあってそれ自体としてはよく練られたアイデアとは思うけれども、辞書的な簡素な紹介で終わってしまうために連続して読み続けるのは管理人にはつらかった。夜寝る前に一話か二話か、その程度を読み、そこで紹介された都市について想像をたくましくして自身なりの都市(と生活)を空想しながら眠りにつく――そのような読みかたのほうがより豊かに本作を味わえるのではないか。アイデア集とも呼べる内容で、諸都市のどれかひとつを選んで一編の小説を書くこともできるだろう。

感傷を誘う冒頭から、やがては地獄の認識に至って小説は終わる。55の諸都市すべてがひとつの都市でもあり、それが形を変えたものに過ぎない、そのような読みかたも可能になっている。これら空想の果てには虚無が顔を覗かせ、不吉な影が全編に不気味に差している。大帝国の君主たるフビライ汗は気鬱にとりつかれており、ポーロの旅の話も気晴らしとはなりえない。本作の基調は暗い。

都市から都市への旅を経て、ポーロはより深く自身を知ることになる。
新しい都市につくたびに旅人は、すでにあったことさえ忘れていた自分の過去をまた一つ再発見する。もはや自分ではなくなっている、あるいはもう自分の所有ではなくなっているものの違和感が、所有されざる異郷の土地の入口で旅人を待ち受けている。


旅は旅する人の空想と回想を誘い、認識を深めさせる。はじめて訪れる土地の風景を、車窓から、ホテルの窓から、橋の上から眺めるとき、旅人は思うだろう。もしもこの場所に生まれていたら、自分にはまた別の人生が、いま生きているのとはまったく異なる人生が用意されていたのだろうと。しかし自分にはそれは選べなかった、いまあるこの生を生きるよりほかには。
マルコはとある都会に入りこむ。そして彼が広場で見かけるものは、あるいは彼自身のものとなっていたかもしれない一つの人生、一つのときを生きている男の姿だ。もしもずっと昔のあのときのままに止まっていたら、あるいはずっと以前のあのときに四辻のあの道をゆかずに反対の道をゆき、そして長い長い彷徨ののちにこの広場の、今この男がいるその場所に来ていたとしたら、今は自分がこの男のかわりにそこにああして立っていたのかもしれない。


幻想譚の背後には生に関する洞察が隠されている。

4309462294見えない都市 (河出文庫)
イタロ カルヴィーノ Italo Calvino
河出書房新社 2003-07

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