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zoom RSS 『ホフマン短篇集』 ホフマン

<<   作成日時 : 2011/05/19 00:00   >>

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影絵芝居のような。

「クレスペル顧問官」「G町のジェズイット教会」「ファールンの鉱山」「砂男」「廃屋」「隅の窓」の6篇の短篇を収録する。「隅の窓」を除く5篇には共通点があって、どれもある人物への恋情が嵩じた結果日常の秩序を踏み外し、幻想の領域へと迷いこんでしまう人たちの物語だ。そして終わりに死が扱われる。恋情はすなわち憧憬だ。登場する青年たちはみなある女に思い焦がれる。憧憬に眩んだ目は物事を日常とは異なってとらえる。誰にも覚えがあるだろう、恋に落ちた者はときに大事を小事と、小事を大事と勘違いする、望遠鏡を覗くように。「砂男」はまさしく望遠鏡を覗いたことによって怪奇の世界に踏み込んでしまう青年の物語だ。

青年ナタナエルはあやしげな晴雨計売りから望遠鏡を買う。これで窓から向かいの家を覗くと、そこには視線のうつろな絶世の美女が身じろぎせず椅子に座っているのが見えた。婚約者がいながら美しい向かいの家の女に激しく焦がれるナタナエル。しかし彼女には秘密があって、この真相を知った青年は気が狂い、最後は塔から身投げする。幼少期の恐怖の記憶とそこから生じる強迫観念。すべてをなげうってでもわがものにしたいと思わせる美しい女への執着。これらが彼の道を踏み誤らせる原因となっている。魔性の力などは当人の思い込みにすぎないのであって何事も心ひとつではないのかと婚約者はナタナエルを諭す。けれども理性の声は燃える恋情を冷ます助けとはならなかった。著者の作品のうちでも有名な一篇であるこの短篇においては記述に曖昧な点があり、そこに読者の想像の余地があって本筋とは別に背筋を冷たくさせる。

「隅の窓」を除く5篇はどれも読みものとして単純に面白い。謎とその解明というプロットが絶妙で、読者を先へ先へと誘う、まるで作中の女たちのように手招きする。「隅の窓」は作風がやや異なって、これは足腰の不自由な青年と語り手の二人が、窓から市で賑わう人びとを見下ろして彼らについてたくましくした想像を語り合うという内容。人の身なりや立ち居振舞いという情報の断片から、二人はいかに豊かな世界を作り上げることか。著者は市民に好意的だ。その背景には裁判官という職務を通じて得たものも多いだろう。諧謔味あふれる短篇だが、終わりにはさびしさが余韻を残す。
「この広場はまるきり人生の縮図じゃないか。店じまいのさまがまたそうだ。あわただしい生の営みがあり、刻々と時をきざんで群集がさんざめいていたかとおもうと、にわかにあたりはひとけない。にぎやかにとびかっていた声はとだえ、あとに残された荒寥たる風景が時の経過を告げるのみだ」

「隅の窓」はホフマン最後の小説だ。晩年のホフマンもまた脊椎カリエスのため足腰が立たず、肘掛椅子に座り窓から広場の群集を見下ろすのが唯一の楽しみだったという。二人の人物の語り合いの形式になっているこの作品は口述筆記によって書かれた。

著者の幻想譚は影絵芝居を連想させる。それにしても見事なプロットの短篇ばかりだ。

4003241428ホフマン短篇集 (岩波文庫)
ホフマン E.T.A. Hoffmann
岩波書店 1984-09-17

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