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zoom RSS 『チャンドス卿の手紙 アンドレアス』 ホフマンスタール

<<   作成日時 : 2011/05/31 00:00   >>

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夢幻の世界。

4篇の短篇と未完の「アンドレアス」の完成稿を収録する。夢と現の境界が曖昧になり、境界を越えて異界へと迷い込んでいく。本書に収録の作品群の特徴だ。「六百七十二夜の物語」はその特徴の最たるもので、美貌の青年が数人の召使を除いて他者との接触を拒み象牙の塔に閉じこもるも、外界はそれを許してくれず、超自然的な力でもってこの青年に死をもたらす。現実に背を向けた者への現実からの復讐。著者は若くして名声を得た神童であったが芸術創作の価値を過信せず現実あるいは実人生に畏怖の念を抱くことのできる人物だったと巻末の解説で訳者は述べる。「人生は一行のボードレールに若かない」と述べた大正期のある作家の傲慢とは無縁だった。

著者の死によって未完のまま残された「アンドレアス」はウィーン出身の青年アンドレアスが見聞を広めるためヴェネツィアを訪れ、そこでの出会いや体験によって成長していく過程を追ういわゆる教養小説の結構をとっている。このアンドレアス青年は迂闊な性格で、裕福ではない両親が工面してくれた旅費の大半をおのれの軽率さから失ってしまう。この一件がきっかけで生涯の伴侶にと思えた少女とは別れざるを得なくなり、到着したヴェネツィアでは幽霊のような謎の女に翻弄される羽目になる。宿が決まり、暮らしの目途が立ったところで謎の女がアンドレアスの前に現れ、彼をあやしげな世界に誘う。物語は事件を予感させるところで中断しているが、遺稿によると謎めいた女は二重人格であり、人格の分裂と統合という主題と絡みながらアンドレアスは人生の戦慄と歓喜をこもごも味わう、そういう筋立てになっていたという。幻想的な美しさを帯びた夢の結晶とも呼びたいこの作品が未完なのが惜しまれる。

そしてホフマンスタールといってもっとも有名なのは短篇「チャンドス卿の手紙」だろう。
これは17世紀のイギリスの貴族チャンドス卿が友人に宛てた手紙という形式をとった書簡体小説で、かつては神童の名をほしいままにした卿が(その姿は著者と二重写しになる)言語による表現の不可能性に直面して創作を断念する、その心境が述べられている。すべての言語の意味を読み取ることが不可能になり、ただ文字のみを追うのがやっとのチャンドス卿。探れば探るほどに無意味の虚無に陥っていく言語の迷宮で彼は迷子になってさまよう。
ぼくにはもう、何事も単純化してしまう習慣の目でもってそれを捉えることができなかった。すべてが解体して部分に分かれ、その部分がまた細分化し、何物ももう一つの概念で覆いつくすことができなくなったのです。言葉がちりぢりばらばらにぼくの周囲を浮かびただよい、凝固して目となると、ぼくをひたと見据える、ぼくはぼくで、その目をじっと見返すよりほかはない。それらは見下ろせば目もくらまんばかりの渦巻きなので、その旋回はいつはてるともなく、そしてこれを突き抜けた先には、空無が広がっているばかりなのです。

何気ない日常の風景に美を見出す目をもった詩人でありながら、彼はこの美を言葉で表現することができない。言語による表現、言語による秩序、それへの疑念がこの短篇中に凝縮して述べられている。この痛ましいほどの先鋭さを現代小説の出発点とする、そう述べた批評家もいる。

ほかに「騎兵物語」「パソンピエール元帥の体験」を収録する。

406197565Xチャンドス卿の手紙・アンドレアス (講談社文芸文庫)
ホフマンスタール Hugo Von Hofmannsthal
講談社 1997-04

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管理人が読んだのは講談社文芸文庫だが、現在手に入りやすいのは岩波文庫。
4003245717チャンドス卿の手紙 他十篇 (岩波文庫)
ホフマンスタール 桧山 哲彦
岩波書店 1991-01-16

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