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zoom RSS 『絶望の精神史』 金子光晴

<<   作成日時 : 2011/06/04 00:00   >>

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百年の絶望。

明治生まれの著者が「絶望」を鍵言葉に近代百年の日本を振り返る。周りは海に囲まれた孤島で生きる日本人。西洋に憧れ、知識を吸収するもそれが根づかない日本人。明治および大正期の日本は古くからの習慣と新しく輸入された西洋仕込みの方法論が反発し、ちぐはぐな、惨めな状態にあった。共栄圏は西洋へのコンプレックスが生み出した幻想だった。この幻想を実現せんとした企てが大戦争へと繋がっていく。そして日本は完膚なきまでに叩き潰された。

物事を深く考えず、根拠もなく楽観視する。すぐに心変わりして流行者、強い者に媚びる。上からの命令には素直に従う。本書から浮かびあがってくる日本人のイメージだ。戦争中は米英にけものへんを付けて鬼畜などと呼んでいたのが、終戦後には掌を返して「アメリカさん」になる。この変わり身の早さは見事だ。

著者は本書で周囲の人たちとの交流から日本人を取り巻く絶望の風土と歴史について述べていく、それが同時に著者の自伝になる。海に囲まれた「逃げられない」島国の閉鎖性がいやで海外へと飛び出した著者。その先で出会う日本人たちの卑屈なあるいは狂的な姿が淡々と述べられる。戦争中の日本人の残虐行為にふれた箇所は気分が悪くなるほどだが、それは2011年に生きている管理人の暢気だろう。戦争は精神的肉体的に人を極限まで追い詰める。追い詰められた人間が己の暴力性をヒステリックに発揮したとして当然だ。関東大震災の際にもパニックの反動としか思えない惨い事件が発生している。

近代百年の歴史の裏で、日本人はいかにして本性をさらけだしてきたのか。陽気さにはほど遠い、暗くて、湿っぽくて、閉鎖的な日本で、日本人はどのように生きてきたのか。西洋文化を輸入することが進歩だと信じていた、けれどもそれが人々に受け入れられてきたのか。それが育つ土壌は整っていたのか。たとえば明治末期に一部の青少年のあいだでプラトニック・ラブが流行したが、これは本来の清教徒主義に基いていたわけではない、ただ頭でっかちで青くさい童貞と処女の逃避的な幻想に過ぎなかった。だから彼らはそんな幻想を、時の経過とともに自然に脱ぎ捨てていった、古着を脱ぎ捨てるように。象徴的な挿話だ。

正道があり、それから外れることを極度に恐れる。他人の評判が気になる。著者はそういった日本人の規範からあえて外れ、「エトランゼ」として放浪する道を選んだ。たとえば著者の「どぶ」という詩に、毎日に何の希望ももてず(それは絶望しているということなのだ)半ば自棄のように体を売る女が出てくる。陰鬱さにいやになるような詩だが、同時に生きてあることの哀しさ、寂しさも述べられている。著者の語る絶望とはすなわち生きてあることの悲哀なのだ。何の期待もできずにそれでも生きている以上は期待をせずには一日たりともこの世に留まってはいられない、人間のあわれさ、惨めさについて述べているのだ。似た趣旨の詩はほかにもある。

僕はその寂しさを、決して、この国のふるめかしい風物のなかからひろひ出したのではない。
洋服をきて、巻たばこをふかし、西洋の思想を口にする人達のなかにもそつくり同じやうにながめるのだ。
よりあひの席でも喫茶店でも、友と話してゐるときでも断髪の小娘とをどりながらでも、
あの寂しさが人人のからだから湿気のやうに大きくしみだし、人人のうしろに影をひき、
さら、さら、さらさらと音を立て、あたりにひろがり、あたりにこめて、永恒から永恒へ、ながれはしるのをきいた。

「寂しさの歌」より


過去とはわれわれと同じ人間が生きていたある時期のこと。美化するのも貶めるのも、ともに間違っている。

4061963767絶望の精神史 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
金子 光晴 伊藤 信吉
講談社 1996-07-10

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4087520293女たちへのいたみうた 金子光晴詩集 (集英社文庫)
金子 光晴
集英社 1992-10-20

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