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zoom RSS 『ファウスト』 ゲーテ

<<   作成日時 : 2011/06/16 00:00   >>

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地上の快楽をめぐる旅へ。

あらゆる学問を修めたファウスト博士は嘆く。「いぜんとしてこのとおりの哀れなバカときている。ちっとも利口になっちゃあいない」。書物を読み漁り知識を得たつもりでいたのに辿りついた先には憂いが待っていた。「せっせと人間精神の宝物を集めたがムダごとだった。その上に腰を落ち着けたが、さっぱり新しい力が湧いてこないのだ。髪の毛一本分も背がのびていないし、無窮のものに近づいてもいない」。時を空費した、もっと人生を味わいたい。老いて人生の快楽に飢えている自身に気づいたとき、彼の前に悪魔メフィストフェレスが現れる。悪魔はささやく、「いい思いをさせてやる。だれもまだ見たことがないものを見せてやる」。ファウストは悪魔と賭けをする。「わが人生の時が満ちた」とき、この魂を好きにしろと。合図の言葉は「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」。

メフィストはまずファウストを魔女の厨に連れていき、若返りの薬を与える。青年になったファウストは訪れた町で美しい少女を見かける。彼女の名はマルガレーテ(グレートヒェン)。慎み深く、初心なこの少女にファウストは夢中になり、彼女のほうもファウストを想っている。逢瀬を重ねるうちにマルガレーテは妊娠し、不義の子を宿したとして周囲から蔑視される。追い詰められた彼女はわが子を殺し、その罪のために牢に入る。メフィストは知っていながらファウストには伝えず、ハルツ山地で開かれる魔女たちの宴「ワルプルギスの夜」へ連れ出す。やがてことを知ったファウストはマルガレーテ救出に向かうも、哀しみのあまり狂女となってしまった彼女は男のいうことを聞かず、置き去りにするしかない。

以上の悲劇第一部をゲーテは幾度も加筆修正している。少年のころからドイツに伝わる錬金術師ファウストの伝説に関心をもっていたゲーテは20代で「原ファウスト」と呼ばれるテクストを書いた。それから20年近く経ったのち『ファウスト断章』を発表(ゲーテ41歳)。さらに加筆して『ファウスト』第一部を刊行。このときゲーテは59歳。この世の知識を得ることに絶望した老博士が青春の夢を求め、美少女との恋愛に夢中になる――ロマンチックな内容の戯曲(ゲーテは第一部の上演を考えていた)をひたすらに温め続け、青年の勢いと中年の分別と老年の寛容が同居する作品に仕上げた(友人シラーの助けもあっただろう)。『ファウスト』を読むとメフィストの猥雑な台詞に惹かれるが、20代で書かれた「原ファウスト」で露骨だった表現をのちにゲーテが修正しているという。ひたすらに時間をかけて構想され執筆され、複雑な第二部は完成にさらに20年の時を要し、ゲーテの死の直前まで続くことになるだろう。

第二部ではマルガレーテの死から時が経ち、花咲く野原にファウストが眠っているのを妖精たちが起こす場面からはじまる。第一部以上に夢幻劇の色が濃い第二部を暗示する。目覚めたファウストは神聖ローマ帝国の皇帝に謁見し、メフィストの助けを借りて財政破綻寸前の帝国を建て直す(ここにはワイマール公国の財務局長としての体験が反映されているとのこと)。そののち、怪物どもがうごめく古代ワルプルギスの夜を経て出会った美女ヘレナと愛の生活を送る。ヘレナが幻となって消えたあとで現世に帰還し、帝国と反乱軍の戦いに参加、手柄を立て、海の干拓許可を貰うとファウストは最後の仕事として長い年月をかけて土地開発に臨む。「「多くの人々のための土地」、「各人、ゆたかとはいかなくても、働けば自由に住めるはずの小天地」を作るために。傍らのメフィストのせいで犠牲を出しながらも事業に邁進するファウストのもとに魔女「憂い」がやって来る。「憂い」の魔術で盲目になったファウストは見えない目で土地開発が成ったのを見届け、「身を灼くような幸せの予感」に感極まって合言葉を口にする。「時よ、とどまれ、おまえはじつに美しい」と。

ファウストとメフィストの賭けの言葉は、過ぎ去る時間を留めようとする不可能の試みを意味していた。かつて――それがどれほど昔になるのか――マルガレーテを胸に抱いたときも、ヘレナとの間に子が生まれたときも、ファウストの口をその言葉はついて出なかった。個人的な恋愛や家庭生活の幸福の極みではなく、土地開発という社会的な事業のさなかにあってファウストはようやく満足を得る、時間を永遠化しようと望む。ゲーテの人柄が知れるようで興味深い。ゲーテはすぐれた文学者、自然科学者、政治家、そして女好きだった。『ファウスト』は彼のライフワークであり、そこで披露される結論が彼の生涯の答えだったのだろう。

世の中を駆け通しできた。欲望の赴くところの前髪をつかみ、気に入らなければ放り出した。逃げるやつはそのままにした。ひたすら望んで、それをやりとげ、さらに望んで、生涯をつらぬいてきた。はじめは猛々しかったが、しだいに賢明に、思慮深くなった。地上のことは十分に知った。天上のことは知るべくもない。天上に憧れ、雲の上に仲間を求めるなどは愚かしい! しっかと地に足をつけ、まわりを見廻す。その気さえあれば、世界が黙ってはいないのだ。永遠を求めて何になろう。認識したものこそ手にとれる。この世の道をどこまでも辿っていく。あやかしがあらわれようと、わが道を行く。求めるかぎり苦しみがあり、幸せがある。ひとときも満ちることはない。


合言葉を口にしたのちファウストの魂をめぐってメフィストと天使の集団が戦う。天使たちが頭上から振りまく薔薇の花びらに焼かれるメフィスト。彼は天使たちに向かって毒づく。「あいつらも悪魔だ、ツラがちがうだけ」。これもゲーテの結論ではなかったか。『ファウスト』においては学問と宗教(キリスト教会)が皮肉られる。天使たちに迎えられ、「かつてグレートヒェンと呼ばれた贖いの女」に導かれ、ファウストの魂は聖母によって救済される。大団円だ。

たぶん10年ぶりくらいに『ファウスト』を再読した。前回は高橋義孝訳で、今回は池内紀訳で。前回はほとんど記憶に残っておらず、ゲーテのライフワークを(とりあえず)読んだ、といった感じで、グレートヒェンの愛らしさと無垢ゆえの罪深さ、第二部の時空を超越する旅の難解さ(ヨーロッパ文学の教養がないと理解できない)、終末の「移ろいゆくものはすべて比喩なり」と「永遠に女性的なるもの」といったわかるようなわからないような語――それくらいしかなかったのでほとんど初めて読むのと変わりなかった。読んでみれば第一部は実にわかりやすい恋愛悲劇であり、いたるところにユーモアがある。第二部は今回もほとんどわからなかった、ヘレナをめぐる時空の旅の部分を読むには知識不足を実感する(まるで成長していない…)。池内訳はそっけないほどに簡素で、高橋訳のほうが重々しく「文学的」だったように思う。重厚さに直面すると辟易する最近の管理人にとっては池内訳が適している。『ファウスト』はファウストの人生探求の冒険譚であるけれど、そのそばに影のように従うメフィストの言動にゲーテの遊び心を見るようで可笑しい。

ゲーテというと偉い人というイメージがあって、偉い人は恐く思える。近寄りがたい。その偉い恐い人のライフワークだからと肩肘張って読むとさして面白くもないので、せっかく簡明な池内訳が手軽な文庫本で読めるのだから、気楽に、前後を忘れても気にせず、わからない語句はとりあえずわからないままにして、退屈してきたら本を閉じたり読み飛ばして最後まで読んでみれば――事実、管理人はそんなふうに読んだのだが――各人にとって何かしら発見がある、気に入った表現にぶつかる、反発したくなる箇所を見つける、そういう作品として『ファウスト』はあるのではないだろうか。管理人は今回『ファウスト』を再読して、この作品の懐の深さをしみじみと感じた。第二部が理解できなかったのを、時を置いていずれまた読みにくるのを待っている、そういわれているように思えた。


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ゲーテ 池内 紀
集英社 2004-05-20

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