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zoom RSS 『ミヒャエル・コールハースの運命』 クライスト

<<   作成日時 : 2011/06/22 00:00   >>

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復讐の彼方に。

16世紀の中ごろ。馬商人のコールハースは篤実な人柄で、商売もうまくいっており、愛する妻と子どもたちに囲まれ、雇い人たちからは敬われ、ザクセン公国で不自由ない暮らしを送っていた、領主が(支配階級ゆえの驕りから)彼の自慢の馬を奪うまでは。支配階級の横暴さに腹を立てたコールハースは損害賠償を求める訴えを選帝侯に提出するも、領主とつながりのある貴族たちの企みにより聞き届けられない。正義を求めるコールハースは妻を使者として選帝侯のもとに派遣するがこれも届かず、悶着のすえ彼女は死んでしまう。平民は支配者に何をされても黙って耐えるしかないのか。正義はどこにある。怒り狂ったコールハースは土地屋敷すべてを処分し、その金で武装し、謀反人となって領主の城に乗り込む。この復讐は正義の戦いだと信じて。

城に火を放ったのち、逃れた領主をさらに追うコールハース。その過程で増えていく部下たち。支配階級は求心力を失い、民衆には不満が広まっていた、この不満がコールハースに追い風となる。領主に刃を向ける謀反人であり、町に火を放つ犯罪者でありながら民衆は彼の行為を不満の捌け口として見届け、彼に好意すら抱くようになっていく。政府はこの謀反人を放置できない。選帝侯はコールハースの訴えを聞き入れ、彼の求める裁判を開くことを決意する。

裁判は順調に進む。そして領主への賠償請求は叶ったものの、運命の悪戯によりコールハースは死刑を宣告される。彼は下された裁きを従容として受け入れ、絞首台に赴き、斬首される。

副題に「或る古記録より」とある。クライストは16世紀に実際にあったある係争事件に想を得、いくつかの記録を漁ったが、この小説は彼によるフィクションだ。彼は本作に、正義の希求、16世紀半ばの支配階級の専横と堕落への批判を込めた(それは貴族の出自である自身への攻撃ともなる)。激情に駆られるコールハースはそのままクライストの分身であるかのように見える。復讐に燃えるコールハースは決して妥協をしないが、その様子を見かねて周囲の何人か(そのなかにはマルティン・ルターを含む)は寛容の必要性を説く。他者への寛容さがあればあるいはコールハースは馬を失っただけですんだのかもしれない。妻も、忠実な下男も死なせずにすみ、可愛いさかりの子どもたちを置いて絞首台へと進まずにすんだのかもしれない。しかし彼は正義を望んだのだ、一度進んだ道は血で溢れて、もう引き返せはしなかった。だから行けるところまで進んだ。最後には死が待っていた。そして、驚くべきことだが、コールハースは死の直前まで復讐の意志を捨てなかった。彼は最後までキリスト者としての寛容さをもたず、憎き仇を憎んだまま死んでいくだろう。

著者はコールハースに同情していたのだろうか。正しさのためとはいえ多くを犠牲にする生きかたを肯定する意志をもっていたのだろうか。それとも否定的であったのか。赦し、これは復讐よりもなお勇気を必要とすることを覚っていたのだろうか。クライストはロマン派が主流だった当時の文学界で異質であり、尊敬するゲーテの理解も得られず、ヨーロッパ各地を転々としながら愛国主義運動に関わり、最後は貧しさと自身の才能への疑念から人妻と拳銃自殺を遂げる。34年の生涯だった。世に受け入れられない、ということの絶望。そのかぐろい闇のなかで、コールハースの物語は一粒の光のように輝く。

文庫で100頁ほどの分量ながら旧字体のため読むのに時間がかかった。夜中に読み始めて、そのまま夜明けを迎えた。くどくどしい心理描写も神経症的な自我もここにはない、ただ強靭な言葉だけがある。

4003241614ミヒャエル・コールハースの運命―或る古記録より (岩波文庫)
クライスト 吉田 次郎
岩波書店 1941-06-28

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狂的に正義を求める、ということでイプセンの『民衆の敵』を連想した。これも旧字体だった。
4003275020民衆の敵 (岩波文庫 赤 750-2)
イプセン 竹山 道雄
岩波書店 2006-09

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