epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『トリストラム・シャンディ』 ロレンス・スターン

<<   作成日時 : 2011/06/25 00:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

脱線また脱線。

著者の分身である語り手トリストラム・シャンディが自伝的に自身の生涯を述べ、諸問題(時事問題や恋愛や宗教をはじめ卑俗なことがらまで)に関する意見を開陳をしていく。生涯といっても語り手は上巻の終わり近くになるまで産まれず、また産まれてからもなかなか成長せず、未完の本作が中断する下巻の最後まで子どものままなのでほとんど彼の生涯については述べられず、彼の意見が小説の大半を占める。この意見を述べる表現形式が奔放で、あることについて述べていたのが途中でべつのことを連想するとそちらに移ってしまい、それが反復または延長され、読者はそもそも語り手が何について述べていたのだったか忘れてしまう。1690年に発表されたイギリスの哲学者ジョン・ロックの『人間悟性論』に早くから親しんでいたスターンは、ロックが述べる人間の心理の複雑さ――連想によって観念が気ままにそれていく心の動き――に注目し、ロックの思想を血肉化し、本作に援用した。トリストラムの語りは連想によって本筋からの脱線を何度も繰り返すが、しかし彼は信頼できる語り手であって、前後の区別なく自由に述べられていることも年代別に再編成することが可能であって、人を食った語りの裏でスターンはきちんと物事を整理して執筆している。

スターンは英国はヨークの牧師で、宗教上の地位争いに明け暮れる人々を諷刺する小冊子を書いて好評を得たのちに本作の執筆を開始した。1759年のことでスターンは46歳だった。これが話題になり田舎牧師に過ぎなかった彼は一躍時の人となるのだが、イギリス小説は18世紀中ごろにリチャードソンやフィールディングによって確立されたとされていて、そのすぐあとに早くも、筋の展開など無視し、自由な表現形式で小説を書く人間が登場したのには驚かされる。上で述べたがスターンのこの小説では筋の展開は重視されておらず、半ばエッセイのようなかたちで(こういった区分がどこまで有効かはしらないが)意見を述べることのほうを重視している。表現方法も斬新で、登場人物の死を悼んで真っ黒い頁があったあり、くねくねした線で小説の進行具合を説明したり、一章をまるまる飛ばしたり、読者がイラストを書けるように空白がとってあったり、架空の書物からの引用があったり、過剰なほどに奔放なのだ。こうした斬新さは時の経過とともに陳腐になりがちなものだからこの点にのみ注目してしまうのは皮相な読みだけれども、たとえば本筋から脱線してあと2章を書いたらその脱線したことを書くからそれまでは好きに書くとうそぶいてみたり(脱線の脱線)、ボヘミア王についての昔話というのをしようとしているのに「昔ボヘミアに一人の王様があって――」と述べたあとは一向に話が進まず何度もその冒頭だけが繰り返されたりと、そういった可笑しい叙述があちこちにある。また牧師が書いたとはちょっと思えないくらい卑猥なことにも触れていて、これを読んだサミュエル・ジョンソンは渋面を作ったという(小説はトリストラムの両親の性交からはじまる)。

本作はその後19世紀にはユーモア文学としてしか扱われなかったのが、20世紀になって人間の心理や精神の深層への関心が高まり、プルーストやジョイスやヴァージニア・ウルフら「意識の流れ」を小説に用いる作家たちの登場によってその先駆性が高く評価されるようになり今日にいたる。といって現代の読者、それも管理人のような日本の一般読者が読んでどれほど楽しめるかというと正直微妙ではある。登場人物たちは当時の時事問題について多く議論していてその大半は歴史に興味がなければ関心がもてないだろうし、ローマ史への言及も多く(これはモンテーニュもそうだが)、そちらの知識がないと十分には味わえない小説だと思う。(いわゆるリアリズム小説から自由な)アバンギャルドな小説自体が幸福な少数にしか楽しめないのに加えて時局的な要素が大きいので万人向けの小説ではないだろう。スターンはセルバンテスを愛読しており、この小説にもドン・キホーテとサンチョ・パンサを彷彿とさせる軍事マニアの叔父とその召使が登場するが、彼らの戦争ごっこのくだり(けっこうある)をどれほどの読者が面白がって読むだろうか。笑える小説というとウッドハウスがすぐに思いあたって、これは管理人の嗜好だがウッドハウスは楽しんだけれどもスターンで大笑いするということはなかった。まあ管理人は『ドン・キホーテ』もそこまで楽しめなかった人間だから…。日本で最初にスターンを紹介したのは若き日の夏目漱石でそういえば漱石の処女作『猫』は『トリストラム・シャンディ』的で、漱石はいくら書いてもきりがないので最後に猫を死なせたが、スターンが長生きしたら『トリストラム』の最後はどうなっただろう、いや結局未完だったろうか。

笑いを愛するスターンには鷹揚さがあって、そこが読んでいて気持よかったのは認める。ユーモアとは世界の見方だとは誰の言葉だったか。

トリストラム・シャンディ 上 (岩波文庫 赤 212-1)
トリストラム・シャンディ 上 (岩波文庫 赤 212-1)ロレンス・スターン 朱牟田 夏雄

岩波書店 1969-08-16
売り上げランキング : 236596


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


トリストラム・シャンディ 中 (岩波文庫 赤 212-2)
トリストラム・シャンディ 中 (岩波文庫 赤 212-2)ロレンス・スターン 朱牟田 夏雄

岩波書店 1969-09-16
売り上げランキング : 265264


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


4003221230トリストラム・シャンディ 下 (岩波文庫 赤 212-3)
ロレンス・スターン 朱牟田 夏雄
岩波書店 1969-10-16

by G-Tools


『ジーヴズ』がいつのまにか文庫になっていた。
4167705923ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫)
P.G. ウッドハウス P.G. Wodehouse
文藝春秋 2011-05-10

by G-Tools


4105044028ドン・キホーテ
セルバンテス 荻内 勝之
新潮社 2005-10-18

by G-Tools


管理人は『トリストラム』よりも『猫』を推す。
4101010013吾輩は猫である (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社 2003-06

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『トリストラム・シャンディ』 ロレンス・スターン epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる