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zoom RSS 『運命論者ジャックとその主人』 ドニ・ディドロ

<<   作成日時 : 2011/07/02 00:00   >>

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脱線、ふたたび。

貴族の主人と従者ジャックがあてのない旅をしている。ジャックは主人に述べる。この世で起きることのすべては天上の大巻物にあらかじめ書かれてあるのだと。けれども人がそれを知ることはできない。暗闇のなかを手さぐりで進むように、人は定められた生を定められたとおりに生きるしかない。いまいる場所は崖の一歩手前であり、足を踏み出せば転落してしまうとしても、それを知ることができない以上は人に防ぐ手立てはない。
天上になにが書かれているのかを知らない以上、ひとは自分がなにをしたいのかも、なにをしているのかも知らぬまま、理性という名の空想やら、たいていが危なっかしい空想でしかない理性とやらに従うものなんです。それが吉と出るか凶と出るかはその時次第ですけどね。


ジャックは片時も黙っていられない話好きで、主人は人の話を聞くのが大好き。ジャックは嬉々として運命論的な挿話を主人に披露する。主人は面白がって聞くものの、ついつい口を挟まずにはいられない。彼らと出会う人たちから聞かされる挿話もその例に漏れない。登場人物たちの話は必ず何らかの理由によって中断され、別の方向へとそれていく。中断と逸脱。18世紀のフランスで執筆されたこの小説は、少し前にイギリスで発表されたロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』と並び称されるメタフィクションだ。筋の展開というルールから自由になって述べたいことを述べたいように述べていく。この中断と逸脱に、さらに語り手(=著者ディドロ)による読者への語りかけも加わって小説は錯綜していく。

小説の冒頭近く、主人にせがまれてジャックは自身の恋の顛末を話して聞かせることになる。けれども前述のとおり小説は脱線を繰り返すので話はなかなか進展しない。聞き手の主人はほかに面白いことがあるとジャックの話を後回しにしてよそにいってしまう。本作はセルバンテスの『ドン・キホーテ』がそうだったように主従がしている旅それ自体ではほとんど事件は発生せず、登場人物たちによる会話が大半を占めている。そこでは、背筋が冷たくなるような恋愛の復讐があり、淫欲の権化のような神父による謀略があり、親友を破滅させる裏切りがある。どれもがサスペンスフルな挿話であって読者を先へと駆り立てるだろう。結末もまた後味の悪いものばかりでユーモアといってしまえばそうなのかもしれないが趣味がよいとはいえない。運命は決して正しい人、弱い人に味方してくれるとは限らない、そんなものは迷妄に過ぎないという著者の意地悪い笑い声が聞こえるようだ。世界とはそのように理不尽で、不可解で、奥深いのだろう。何事が起ころうとも天の配剤と片付けてしまえればどんなに楽かしれない。

とはいえ運命論者ジャックとてつねに泰然自若としているわけではない。予期せぬことが起きれば罵り言葉を吐き、途方に暮れる。醒めた知性を別にすれば彼はわれわれと同じ平凡な人間であって、天上にあらかじめそう書かれている以上そうなるしかないという彼の口癖は冷静に帰るためのまじない文句に近い。混沌の世界で、一歩先は奈落が待っているかもしれない危険に脅かされながらも生きるしかない人間の悲哀を、辛気臭さを微塵もまじえず(意地悪い)笑いでもって描いているところにこの小説の魅力がある。

『トリストラム』は面白くなかった管理人だが本作はとても楽しく読めた。比較するとこちらのほうが脱線の程度が軽く、全体の構成も連想任せの混乱はきたしておらず、錯綜しているとはいえ前後の脈絡はわかりやすい。また『トリストラム』ほど実在人物への諷刺も少ないし、各挿話がサスペンスフルだったとはすでに述べた。

世界はジャックの主張どおり、運命によって定まっていることが演じられるだけの劇場に過ぎないとしても(誰にわかるだろう)、それを知る術が人間にない以上は定まっていようがいまいが違いはない。どのみちわれわれはわれわれにできることしかできないのだから。
ねえ旦那、人の一生の四分の三は、望むばかりでなにもせずに過ぎてしまうんじゃありませんか。

予期せぬ障害に阻まれ実行できないままいつしか忘れ、机の隅で埃にまみれて埋れていく計画表――われわれの一生なんてそんなものだろう。

4560027587運命論者ジャックとその主人
ドニ ディドロ Denis Diderot
白水社 2006-12

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