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zoom RSS 『死せる魂』 ゴーゴリ

<<   作成日時 : 2011/07/13 00:00   >>

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おかしくかなしいロシア。

元役人の独身中年チチコフはロシア各地を旅している。彼の旅には目的があって、地主たちから死んだ農奴を買い集める。うまくやってただで譲ってもらう。その理由は地主たちには伏せているが、彼は死んだ農奴たちを抵当に入れて国の機関から金をだましとろうと目論んでいたのだ(当時のロシアでは7年ないし10年に一度人口調査が行われていて、その間に死んだ農奴も生きている者と同様に扱われていた)。旅の途中で彼は多くのロシア地主たちに出会う。のらくら者、ごうつく者、粗暴な者、けちな者……彼らの造形がプーシキンのいう「かなしいロシア」のシンボルとなっている。

チチコフは天性の詐欺師であって彼と会った人はことごとく魅了される。市では歓待される。けれども、ある地主が酔いに任せて、チチコフは死んだ農奴を買い集めているとばらしてしまった途端に、この異様な発言からチチコフは胡散臭く思われるようになる。地主になって、若く可愛い妻と子どもたちに囲まれて生きていく…それがチチコフの夢であってこの夢の実現のために違法行為を犯しているのだが、そもそも彼は決して優れた頭脳をもっていたわけではなくこれといった特別な才能に恵まれていたわけでもなく、幼いころ父親に、友情なんてあてにならない、この世でいちばん頼りになるのは銭だといわれて育ち、その教えに忠実に生き、改める機会もないままこんにちまできてしまったのだった。詮索好きな市の人々はあらぬ噂をでっちあげてチチコフを忌避するようになる。もはやここまでと悟った彼は市をあとにする。新たな村を訪れ、知己を得、とうとう格安で豊かな土地を手に入れて念願の地主となるも、官憲の手がおよび、彼は投獄される。ゴーゴリによる原稿焼却のため『死せる魂』はここで中断している。

この叙事詩(ゴーゴリはそう呼んでいた)のアイデアを、ゴーゴリはプーシキンから与えられた。プーシキンは諷刺作家としてのゴーゴリを高く評価しており、ほかに『査察官(検察官)』のアイデアもこの後輩に与えている。ゴーゴリがこの叙事詩の数章をプーシキンに朗読して聞かせたところ、はじめはおかしがって聞いていたプーシキンが次第に顔を曇らせ、「ああ、わがロシアはなんと悲しい国だ」と嘆息したと伝えられている。その後ゴーゴリはこの作品を掘り下げ、発展させ、ロシアのすべてをぶちこもうとした。彼は『死せる魂』を3部にわけ、彼にとっての『神曲』創造を構想した。詐欺師チチコフがロシアの悪しき部分の権化たる地主たちに出会う第一部は「地獄篇」に、彼が自らの罪深さを悔い改める第二部は「煉獄篇」に、そしてロシアの善き魂によって救済される第三部が「天国篇」に相当する予定だった。しかし第二部以降の執筆は遅々として進まず、次第に消耗していく。プーシキンの死後は宗教的偏向が強くなり、キリスト教を狂的に信仰してエルサレム巡礼に旅立つ。病気もあったようだ。信仰生活の妨げになるとして文学の放棄を決意して、死の数日前には完成していた『死せる魂』「第二部」を自ら焼却してしまう(現在残っている「第二部」は著者の死後発見された草稿類を整理したもので、ところどころ脱落箇所がある)。

本作には「外套」や「鼻」、そして「査察官」で発揮されるゴーゴリの諷刺の才能とグロテスクな幻想がいかんなく発揮されている。「第一部」に登場する地主たちとの滑稽なやりとりの数々、死んだ農奴の名簿を読み上げて彼らに語りかける場面(この作品中の白眉だろう)、かなしいロシアへの愛を著者が歌いあげる終末部分などは忘れがたい。自身の少年時代を回想する第六章の愛惜はプルーストに匹敵する。

周囲が思うほどゴーゴリという作家に体制批判の意図はなかったとされている。滑稽な幻想の作家だった彼が、「正道を踏み外した」詐欺師が新生へと向かう真面目な物語を書くのに困難を感じたとしても不思議はなくて、この試みに苦闘してのち宗教的迷妄に陥ったともいわれる彼の生涯に興味をひかれる。

ああ、わがロシアよ! ロシアよ! (中略)どうして御身の、あのもの悲しい歌が、広く長い国土の、涯ての海から涯ての海まで、どこへ行っても嫋々として小止みなく鳴り響き、耳朶を打つのだろう? 一体、この歌の中には何があるのだろう? 何がかくも我れを呼び、慟哭し、心をしめつけるのだろう? どんな声音が、かくも悩ましく胸を打ち、魂に喰い入って、わたしの心臓にからみつくのだろう? ロシアよ!


ゴーゴリは『死せる魂』の大部分をローマで執筆した。望郷の念が「かなしいロシアの現実」と評されるこの作品のあちこちに反響している。

4003260546死せる魂 上 (岩波文庫 赤 605-4)
N.ゴーゴリ 平井 肇
岩波書店 1977-03-16

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