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zoom RSS 『マンク』 マシュー・グレゴリー・ルイス

<<   作成日時 : 2011/07/25 00:00   >>

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破戒。

中世のマドリード。この町の修道院長アンブロシオは30代の若さで今の地位に昇りつめた敬虔で学識ゆたかな僧侶だ。もとは捨子であったのが修道院に拾われて教育され、めきめきと頭角をあらわした。彼の名は尊敬と畏怖の念をもって人々に口にされた。彼を崇め、ついには愛するようになったマチルダは、ロザリオと変名し、性別を偽って修道院に入門し、アンブロシオの薫陶を受ける。しかし感情を抑えきれず、ある夜とうとう自らの秘密を告白してしまう。告白されたアンブロシオは一旦は弟子を退けるも、生来の弱さのため耐えきれず愛欲に身を任せる。戒律を破ってしまう。

世間はアンブロシオを高徳の僧侶とみなしていたが、実際には、修道院から一歩も外に出ないため誘惑に遭遇する機会がなかっただけのことだった。本当は誘惑に弱い彼はやがて美しいマチルダに飽きて、懺悔に訪れた少女アントニエを見初める。容姿にすぐれ、無垢で慎み深い彼女は天使と見紛うほどで、その無垢さがアンブロシオの情欲を一層そそる。マチルダは嫉妬することなくアンブロシオに忠実に仕え、少女を手に入れるために悪魔を召還する。彼女は魔術師だったのだ。神の敵である悪魔の助力で願いを叶えるのにアンブロシオははじめ抵抗するものの、少女への欲望には抗えない。

アンブロシオはアントニエを魔術で誘拐し、修道院の地下墓地に幽閉して彼女を犯したのち殺してしまう。救出隊によって捕縛された彼は宗教裁判にかけられ、火刑の判決がくだされる。死にたくない彼は悪魔を召還して牢屋からの脱出を交換条件に魂をさしだす契約を交わす。悪魔に魂を渡してしまえば来世での救済はない、しかし目前の死が恐ろしい彼は将来を考慮していられない。契約は成立しアンブロシオは牢屋から脱出するが悪魔は彼を騙していたのであり(いわく「悪魔を信用するのがばかなんだ!」)無惨な死を迎えることになる。

以上は破戒僧(マンク)アンブロシオの物語であり、これと同時進行でもうひとつの物語が展開する。少女アントニエを恋する侯爵レイモンドの物語で、彼と少女の恋の顛末(この恋は少女の死によって結末を迎えるだろう)、妹が幽閉されている尼僧院との対決、修道院の地下に迷宮のように広がる墓地(アントニエが誘拐されている)の探索などが述べられる。両方に登場する数人を橋にしてふたつの物語は交差し、小説はふたつの結末をもって終わる。アンブロシオの死と、レイモンドの結婚と。

本作は代表的なゴシック小説であり典型的な設定が見られる。不気味な森、汚れなき乙女、運命を予告するジプシー女、古城に出没する幽霊、地下迷宮のような墓地。著者ルイスは同じくゴシック小説の代表作であるアン・ラドクリフの『ユドルフォの秘密』に影響されて十代の三ヶ月足らずで本作を完成させる。近親相姦、殺人、魔術といった背徳の書物として発表当時は激しく非難されたというが、現代の読者が当時の衝撃を受けることはないだろう。娯楽小説として楽しく読める。ご都合主義的な展開や滑稽な中年女たちの長広舌が笑いを誘う。幽霊などもとりあえず出してみたという感じで登場の必然性がないのがおかしい。アンブロシオの破戒や超常現象よりも、登場する人間たちに恐さは見出せる。老いた女がわれをなくす嫉妬の爆発、裏主人公レイモンドの妹が暮らす尼僧院の院長の横暴さとエゴイズム、尼僧たちの犯罪を知って暴徒と化す民衆――そして修道院という謎めいた密室。そこでは嫉妬や陰謀が渦巻き、そうでありながら世間の目からは隠されている。著者は率直に僧侶たちの欺瞞を繰り返し述べる。
絶えざる監視の目、下劣な嫉妬、つまらないかけひき、院長に示さなければならない卑屈なお愛想や大げさなおべんちゃら。

神の名を唱えているものの、内実は俗世のあらゆる組織と違いはない。

黒い表紙や裏表紙の内容紹介にびくびくして読み始めたのが、滑稽さと伏線回収を楽しむ読書になったのはよかった。因果応報の結末で読後感も悪くない。上でも述べたが幽霊や悪魔よりも人間のほうが恐い、神やら正義やら正しいとされることが盲目的に信奉されて独善性を助長し、人間の残酷さを加速させる装置になっているのは皮肉だ。厳格さよりも寛容を。修道僧アンブロシオよりも破戒僧アンブロシオのほうに人間的な親しみを感じてしまうのは管理人ひとりではないだろう。悪魔が天使を指して「あいつらも悪魔だ、ツラがちがうだけ」といったのはゲーテの『ファウスト』だった。


4336037477マンク
マシュー・グレゴリー・ルイス 井上 一夫
国書刊行会 1995-06

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