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zoom RSS 『ズリイカ・ドブソン』 マックス・ビアボーム

<<   作成日時 : 2011/08/09 00:00   >>

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麗しのズリイカ。

世界中で美しさを知られた奇術師のズリイカ・ドブソンは祖父の住むオックスフォードにやって来る。駅に降り立った彼女を見かけただけでその場に居合わせたすべての男たちは彼女に恋をしてしまい、ぞろぞろと行列をなしてついて行く。ドーセット公爵はオックスフォード大学の学生で、彼もまたズリイカにはじめての恋をして、ズリイカも彼に恋をする。しかしこの恋は実を結ばず、公爵はボートレースの日に川に飛び込み、彼に倣って大学の学生たちも全員川に飛び込む。自分を崇める男たちはいなくなり、ズリイカは別の町目指して旅する決意をする。

著者マックス・ビアボームの名はこんにちの日本では知られていないが、ヴァージニア・ウルフやエリオットやヘミングウェイやイーヴリン・ウォーといった著名人たちがこの作家を崇敬していたとのこと(訳者解説)。管理人はフォースターが『小説の諸相』で「幻想」の要素を解説するときに本作をスターンの『トリストラム・シャンディ』とともにとりあげたのを読んで知り、フォースターは実におもしろそうにこの小説を紹介していて、それを読んでもう10年くらい経つだろうか、邦訳が出版されていたのを先だって知りやっと読めると嬉しかった。リアリズムの形式にさり気なく幻想が挿入されて独特の効果をあげる。ズリイカの美しさにローマ皇帝の胸像は汗を流す。感情の変化につれズリイカのイヤリングは色を変化させる。ショパンとジョルジュ・サンドの幽霊は公爵のピアノ演奏を聞いて感嘆する。著者ビアボームも登場し、さらには歴史の女神クリオが干渉する。そして最後の集団自殺。「幻想」の効果はリアリズムでは得られない美を提示する、フォースターは『小説の諸相』でそう本作を解説していた。たとえば公爵が自殺を決意して歩いていく場面を引用すると、
そう、石は人間を嘲笑する。しかし、年毎に葉を落とす植物はもっと同情的だ。クライスト・チャーチ学寮の緑地に続く柵のついた小道を美しく飾るリラとキングサリは風になびき、揺れながら、通り過ぎる公爵に囁きかけた。「さようなら、公爵。とても残念です。本当にお名残り惜しい。貴方が私たちより先に行かれるとは思いもよりませんでした。貴方の死は深刻な悲劇です。さようなら! 来世でお会いいたしましょう――動物世界の住人も私たちと同じように不死の魂を持つならば」
公爵は植物の言葉に精通していなかった。だが、これらの饒舌な花の間を通った時、その挨拶の気持ちを察することはできたから、右に左にと、ぼんやりとではあるが礼儀正しい答礼の笑みを浮かべた。それは花たちに好印象を与えた。


花が(人間の言葉を)喋ると本気で信じている読者がどれほどいるか知らないけれども、たしかにこの箇所には生真面目な文学からは得られない美しさ――というよりは喜びのようなものがある。幻想はユーモア精神と通じていてそれが読者に一息つかせてくれるからだろうか。ヴィアンの『日々の泡』の喋る雲や、肺に咲く睡蓮、金がなくなるにつれてどんどん狭くなっていく部屋なども幻想の系譜に連なるだろう。上に本作のあらすじを述べたけれど、大学生が女への憧れのために全員自殺してしまうという結末は陰惨で、読んで気持のよくなるものではない。ところどころに挿入されるユーモアのために読みやすくなっているかもしれないが、逆にそのために陰惨さがよけい際立っているともいえる。著者はズリイカはいうまでもなく、ドーセット公爵も、醜い学生ノウクスも、公爵にひそかに憧れている下宿先の娘ケイティーもからかうように扱っている。ズリイカのために学生たちが全員自殺したあとで、臆病さのために一人生き残ったノウクスが窓から飛び降りるというのは滑稽さを通り越して不快であるし、ケイティーとズリイカの罵り合いも生真面目なものになっている。オスカー・ワイルドに憧れていたビアボームもまたダンディであって本作には世間を皮肉るような警句が見られるがその趣味とユーモアとが一致していないような、混乱をきたしているような不思議な気分にさせる小説だ。さりげなく階級の問題も書き込まれていて(ケイティーが公爵に自分の勤勉ぶりをアピールする場面)イギリスの小説だなあという気になる。

ズリイカは決して美人ではない、と著者は断っている。にも関わらず、世界中の男たちが彼女に夢中になった。ある特別な魅力――オーラのようなもの――をまとっていたから男たちを魅了したのか。それとも彼女は、他者の欲望が主体の欲望を刺激する、欲望の構造の化身なのか。恋は理屈を嫌うという警句のシンボルなのか。彼女は俗悪なファム・ファタルであって虚栄心の怪物のような女だ。この愚劣なヒロインには魅力を感じなかったが、彼女によるさらなる悲劇を予感させるような終わりかたは不気味でよかった。

4404039298ズリイカ・ドブソン (20世紀イギリス小説個性派セレクション)
マックス・ビアボーム 横山 茂雄
新人物往来社 2010-10-22

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