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zoom RSS 『草の花』 福永武彦

<<   作成日時 : 2011/09/14 00:00   >>

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愛と死。

汐見茂思青年は高校時代に後輩の藤木に愛情を覚える。同じ弓道部に所属し、合宿に参加し、藤木との距離を縮め、自分の想いを受けいれてほしいと望む汐見に対して藤木はそっけなく振舞う。自分の想いを告白するも拒まれる。なぜ。プラトンを愛読し、のちには小説家を志すことになる汐見は、自分の純粋な感情が拒否される理由がわからない。藤木は述べる。自分はつまらない人間であり、汐見が寄せてくれる美しい感情にはふさわしくない、また自分はそういうものを必要としていないのだと。想いは破れ、そのすぐあとに藤木は病死する。

大学生になった汐見は藤木の妹の千枝子に恋をする。千枝子は夭折した兄とは違って明朗で、キリスト教の集いに参加していた。対して汐見は神を信じない。彼は自己の抱える孤独――それを彼は英雄の孤独と名づけている――をしか信じない。お互いに愛し合っていながら、二人はどうしても一線を越えられない。愛の陶酔に身を任せることができない。キリスト教をめぐって信じる者と信じない者の議論が交わされ、お互いを納得させる結末になることもない。そうして千枝子は汐見のもとを去り、べつの男と婚約する。二度の失恋を味わった汐見のもとに召集令状が届き、彼は仕事のかたわら執筆していた小説の原稿を焼却し、最後の賭けに、二人とも好きなショパンの演奏会のチケットを千枝子に送る。けれども演奏会に千枝子は現れない。彼はひとり会場をあとにし、出征のため駅へと向かう。

以上の汐見の二度の恋愛は、彼が残した手記のかたちで述べられる。小説は語り手がいて、彼は戦争終結後に東京郊外のサナトリウムで汐見と知り合い、彼が自殺にも似た無理な手術を受けて死んだのちにこの手記を読む構成になっている。30歳にして生きることを諦めたかのような、過去に縛られているような謎めいた汐見の素性がこうして読者に明らかにされる。最後には、いまは妻であり母親となった千枝子から語り手宛てに手紙が届き、なぜ彼女が汐見を愛していながら去ったのか、その心境が手紙のかたちで述べられる。

藤木に対しても千枝子に対しても、汐見は純粋に一途に愛した。それが彼らには重荷だった。藤木に対してはプラトンの理想を投影し、千枝子に対しては亡き兄の面影を投影した。兄も妹も、自分が汐見のその愛情にふさわしい人間だとは思っていなかったし、もっとありのままの、平凡な人間として見てほしかった。千枝子は語り手に宛てた手紙にこう書くだろう。
(前略)今いっそうにはっきりと感じますことは、汐見さんはこのわたくしを愛したのではなくて、わたくしを通して或る永遠なものを、或る純潔なものを、或る女性的なものを、愛したのではないかという疑いでございます。


藤木も千枝子も、汐見を「夢を見る人」と認識していた。その夢が、「現実的」である藤木と千枝子に違和感を抱かせ、結果片想いに終わってしまう。人はみな他人と決して分け合えない自己の孤独を抱いて生きており、それを愛によって癒そうとするが叶わない。福永作品のモチーフである愛と孤独をめぐる自家撞着の物語は解決されずに幕を閉じる。

苦しいとき、人は何かにすがりたくなる。しかし汐見は何かにすがろうとする弱さを断固として拒み、自己の孤独をよりどころとする。人は愛することによって自己の孤独を靭くするだろうとは著者のエッセイ『愛の試み』の一節だが、汐見はまさしくその思想の体現者として存在している。愛は「暖かい、匂う、花のようなもの」。その挫折が彼に与える衝撃がどれほどのものであろうと「英雄の孤独」を実践する者は倒れるわけにはいかず、失意のうちにあっても昂然と頭を上げ、前へと足を踏み出さねばならない。「みんな不幸なのね。みんな可哀想なのね」(『忘却の河』)。こうした悲観とも諦念とも呼べるだろう認識が、感傷的な余韻を残す。実際、登場人物たちの台詞といい、ヒロインの造形といい、読んでいて少し恥ずかしくなるくらい甘くロマンチックな小説なのだ。ジッドの『狭き門』、トーマス・マンの『トーニオ・クレーガー』と共鳴する。

福永は生涯にわたって病と闘った作家で、彼は孤独、愛、死、芸術と人生といった主題を好んで取り上げる。『愛の試み』はすぐれた恋愛論だと思っている。けれども愛読者の一人としては、この作家がエッセイではかなりユーモラスな一面を見せているということは付け加えておきたい。

410111501X草の花 (新潮文庫)
福永 武彦
新潮社 1956-03

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4102045031狭き門 (新潮文庫)
ジッド 山内 義雄
新潮社 1954-03

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読書 孤独に強いで 検索して なかったので読書 孤独で 検索しています。
 昔 ある人から 読書をする人は 孤独に強いと聞きました。
活字離れの現代ですけれど 読書 いいですね。最近 プログ コメントばかりで 本を読んでいない 僕です。老人になって 本が読みたくなるかなぁ?老眼鏡で 本を読むのは 疲れると聞きます。テレビは どちらかいうと 完璧に受身になるかなぁ?漫画もおもしろいですね。読書も受身ですけれど。読書の秋ですね。
おもしろそうな本ですね。英雄の孤独 なんかいろいろ考えます。もっとオープンにできないか?甘いのかなぁ僕は。苦しい時 人は〜 宗教に頼るのかナァ
難しそうな本ですね。おもしろそうですね。孤独と人生の真実 人生の答え〜
読書同好会(名前検討中
村石太レディ&映画になった小説は おもし...
2011/09/17 19:43
>村石太レディ&映画になった小説は おもしろい? 様

コメントありがとうございます。
拙記事を読まれて興味をもたれたら是非一度手にとってみてください。
epi
2011/09/18 19:01

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