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zoom RSS 『うたかたの日々』 ヴィアン

<<   作成日時 : 2011/09/17 00:00   >>

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不思議の国の恋人たち。

青年コランはパーティで美しいクロエと出会い、恋に落ちる。愛し合う二人は豪華な結婚式を挙げて周囲に祝福され、前途には幸福な日々が待っているように見えた。けれども新婚旅行の最中にクロエは病気になり、咳が止まらなくなる。医師の診断によると肺のなかで睡蓮が生長しているという。この病気を治療するためには水の摂取を控え、患者の周囲を花で飾らねばならない。コランは働かずとも夫婦で暮らしていくには問題ない資産をもっていたが、病気が長引くにつれそれは減っていき、やがて底をつく。彼らの生活が貧しくなり、荒んでいけばいくほど彼らの周囲の世界も荒廃していく。コランの懸命な努力もむなしくクロエは息を引き取り、残された彼は生きる気力をなくしてしまう。

コランとクロエの恋愛と並行してもう一組の恋人たちの物語が述べられる。コランの友人シックと彼の恋人のアリーズ。シックはエンジニアとして働くかたわら、給料のすべてをジャン=ソール・パルトル(ジャン=ポール・サルトルのもじり)の豪華本収集に費やしているコレクターだ。アリーズはそんな恋人を愛していたが、彼らの結婚資金までもパルトルに費やしてしまったシックは恋人に別れを切り出す。別れてもシックを愛しているアリーズは恋人を破滅から救うためにパルトルを殺害するも自らもまた命を絶つ。同じころ、シックは警官に射殺される。

本作は奇想天外で悲痛な恋愛小説だ。読者は読み始めてすぐに、本作がリアリズム小説とは異なるのを知るだろう。鏡の前でおめかしをしているコランが鏡で自分の顔を覗くと、にきびは自らの醜さを恥じて引っ込んでしまう。幻想の要素は全編にわたっていて、水道管のなかにはウナギが棲み、演奏する曲によって種類が変わる酒を作る「カクテルピアノ」が登場し、バラ色の雲は恋人たちをシナモン・シュガーの香りで包み込み、ネクタイは首元で暴れ、イエス・キリスト像は新郎新婦を祝福する。こうした幻想の要素に加えて洒落や地口といった言語遊戯が試みられている。リアリズム小説を読むのとは少し違った読みかたを必要とされるけれど、想像力を働かせて読めば本作に漲る美しいイメージ群に魅了されるだろう。前半部分――コランとクロエの恋愛、結婚、発病まで――の甘美さはユーモアと混ざって読者を幸せな気分にさせてくれる。それがクロエの発病によって暗雲が立ち込め、彼らの置かれた状況が厳しくなっていくのにつれ彼らを取り巻く世界が変容し、広くて陽当たりのよかった部屋はどんどん狭くなり陽が差さなくなり、友人でもあった料理人のニコラを解雇せざるを得なくなり、大切な発明品のカクテルピアノも骨董屋に売り払い、コランは治療費を稼ぐためにおぞましいような仕事を転々とするようになる。銃の製造、金庫の警備、そして最後には死の一日前にそれを告げる不吉な係。しかしクロエは助からない。

幸福感に溢れた前半と、じりじりと不幸に陥っていく後半の緊迫感が見事なコントラストをなしている。結婚式の場面と葬儀の場面は同じカップルのものでありながらなんと対照的であることか。コランにせよクロエにせよ、労働することを不潔なこととして忌避していたのが、もはや事態がそんな悠長を許してはくれなくなる。現実離れした恋人たちの幸福は、病という不幸に直面した途端に砕かれる。彼らの没落は、訳者によると著者の少年時代の経験と重なるらしい。ヴィアンは裕福な資産家の家に生まれ父親は働いていなかったが、1929年の大恐慌で資産を失い、それまでの生活と別れねばならなくなったのだという。ヴィアンはまた心臓に不調を抱えていて(彼は心臓発作のため39歳で亡くなる)、この持病がクロエの病気のアイデアになっていたのかもしれない。

曽根元吉訳で『日々の泡』を読んで以来、この奇妙で哀切で滑稽な世界観を気に入っていた。けれども曽根訳も伊東守男訳もいま読むと少し古い。いちばん訳してほしかった訳者によってこうして新訳が出たのを喜んでいる。

4334752209うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)
ヴィアン 野崎歓
光文社 2011-09-13

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