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zoom RSS 『高野聖・眉かくしの霊』 泉鏡花

<<   作成日時 : 2011/09/23 00:00   >>

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あやかしのほうへ。

語り手が敦賀の宿で道連れの僧から奇怪な話を聞かされるのが「高野聖」だ。僧は以前飛騨の山を越えるときにいまとなっては行けない旧道に入る。先に行った薬売りを追う必要からで、この道は荒れ果てている。聞けばかつて周囲一帯を大水が襲い多くの人死にが出たという。行けば草むらから大蛇が顔を覗かせる、枝から丈三寸の蛭がぼたぼた落ちてくる。ようやく森を抜けると日は傾き、谷底は暗い。薬売りを見つけられないうちに僧は一軒の山家のまえに出る。声をかけると白痴の男が出てきて要領を得ないが、やがて妻とおぼしき美しい女が戸口に姿を現す。一晩の宿を望むと快い返事。案内されて裏の崖の谷川で旅の疲れを癒す。導いた女は法衣を脱がせて背中を流してくれる。水を浴びると疲れがいちどきに癒される心地がする。粗末な食事を済ませて床に入ると、なにやら外が騒がしく気味が悪い。念仏を唱えて眠りに就き、翌朝になって美しい女への憧れを胸に秘めたまま出立する。薬売りは見つからず、本道に戻るところで一休みするとまた女への憧れが募ってくる。この世のものと思えぬ美しさだった、いっそ仏道を捨ててあの山家で女と暮らそうか、迷っている僧に昨日知った男が声をかける、すべてお見通しといった顔で。
男は語る。あの女は魔女であって男を惑わしては彼らを動物にしてしまうのだと。僧が追っていた薬売りは馬に変化させられた。昨夜の騒ぎは魑魅魍魎だったか。なぜかはわからないが救われた僧はもう来た道を戻らない。

著者の代表作といわれるこの小説は、吉田精一の解説によると中国の怪異譚や雨月物語から想を得ているらしい。不気味な話ではあるが死者が出るでなし、蛭の降る場面は気味悪いけれども陰惨な内容ではない。女は男たちを殺すでも食うでもなく動物にしてしまうというのが説話めいている。印象的なのは不気味さよりも山家の女のあやしさだ。女に背中を流してもらえば「花びらの中へ包まれたような」気分になり、なにかと甲斐甲斐しく世話してくれる世話女房めいた一面がある。そうした愛らしさと、馬の腹をくぐる場面で見せる魔の顔と。その同居がこの女を魅力的にしている。女の悲しい素性は終わり近くで明らかになるだろう。

一晩の宿を貸してくれたやさしさに僧は落涙し、それを見た女は「貴僧(あなた)は真個(ほんとう)にお優しい」と「得も謂われぬ色を目に湛えて」彼をじっと見る。解説の解釈とは異なるけれどもこの優しさが女の情けを誘い僧を救ったのではないか。僧が救われた理由は彼が「註して教を与えはしな」いため本当のところはわからない。きっと僧にも答えられないだろう。答えたとしても彼は彼の解釈を述べるに過ぎず、それが本当であったとは(彼にとってはそうだったとしても)断言できないだろう。女は謎。なぜと問うたところで山家の女は黙って微笑むだけに違いない。

「眉かくしの霊」は木曽が舞台の幽霊物語で、筋の展開や登場人物の造形に疑問を感じる部分があるものの、そういった疑問を気にさせずにあやしい世界へと導いていくのは見事だ。「膝栗毛」からつぐみへ、そこから桔梗が原の幽霊へと移っていく展開の仕方がいい。ユーモラスな序盤が後半の恐ろしさを引き立てる。


4003102711高野聖・眉かくしの霊 (岩波文庫)
泉 鏡花
岩波書店 1992-08

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