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zoom RSS 『ガルガンチュアとパンタグリュエル』 ラブレー

<<   作成日時 : 2011/09/30 00:00   >>

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轟く哄笑。

「フランス語がようやく書き言葉として認知され」つつあった1532年、リヨンにて『ガルガンチュア大年代記』という本が出版される。アーサー王物語と絡めた巨人ガルガンチュアの冒険物語で、ラブレーはこれの続編を執筆する。それが『パンタグリュエル』だ。パンタグリュエルはガルガンチュアの息子という設定で、彼の活躍が述べられる。そのあとラブレーは『ガルガンチュア』を出版し、『大年代記』を上書きする。教会権力をからかう内容は厳しい思想統制のためにパリ大学神学部作成の禁書目録に掲載されてしまう。それでも数年のあいだを空けてシリーズ続編の『第三の書』『第四の書』を立て続けに上梓、それからすぐにラブレーは世を去る。

当時は単語の綴りも確定しておらず、これを逆手にとってラブレーはなんでもありの、規格外というしかない奇想天外な小説を創造した。『ガルガンチュア』と『パンタグリュエル』では一応主人公の誕生、成長、遍歴、戦争、その後の顛末といった騎士道物語をなぞるような比較的わかりやすい構造の作品となっているのが『第三の書』となると主題をめぐる対話がひたすら続き(これはこれでかなりおもしろい)、さらに『第四の書』ではスウィフトの『ガリバー旅行記』を準備するような架空の旅行記になる(『ガリバー』出版は1726年)。ストーリーはあるものの重視されておらず、さまざまな問題をときに茶化しときに哲学的に扱い、子どもの戯れ歌のようなものがたびたび挿入され(たまきんとかうんちとか下ネタが多い)、唐突に語り手が介入してくる。登場人物たちは議論になるとギリシア、ローマ時代に言及するもったいぶった言い回しを多用し、予定調和をあえて乱すような著者によって次に何が起こるか予測できない。500年近く過去のしかも外国の作品であり、読むときは訳者の解説どおり「「小説」に対する既成概念というか思い込みを、いったん捨ててかかる必要がある」だろう。ルキアノスに遡ってこのような「スマートではない物語」は古代から存在し、ラブレーは後代のスウィフト、スターン、メルヴィルらを結ぶ線上にいるのだという。「ラブレーの場合、ストーリーとは、極端にいえば、詰め物(ファルス)のための口実にすぎない」。思想と言葉の器としての「小説」。管理人の感想としてはプラトンの対話篇やモンテーニュを読んでいる感覚に近かった。

『ガルガンチュア』と『パンタグリュエル』は上で述べたように王の活躍を述べる王道の物語となっている。『ガルガンチュア』では村人同士の些細なもめごとが戦争の引き金となり、『パンタグリュエル』では他国が隙を見て侵略してくる。ともに王は勝利してハッピーエンドとなる。『ガルガンチュア』ではテレームの修道院、『パンタグリュエル』ではパンタグリュエルの口のなかに楽園のようなものが実現される。パンタグリュエルの口のなかでは(彼が巨人のため)別の世界があり、そこでは人々は働いてはいるものの寝ているだけで金がもらえる「怠け者の天国」だ。テレームの修道院はもう少し現実的? で、功労のあった修道士のために王が造った修道院で、そこにはすぐれた性格ですぐれた教育を受けた美男美女しか入門できず、規則はただひとつ「あなたが望むことをしなさい」しかない。『ガルガンチュア』は『パンタグリュエル』よりもあとに書かれたため著者の思想も深化しているけれども、自由を謳う修道院だったのが規律が自然と統一され不自由になっていく皮肉が見られて妙な気持になる。

『第三の書』は『パンタグリュエル』に登場した副主人公のパニュルジュが活躍する。領主となったのにあっという間に散財から借金まみれになったパニュルジュは結婚問題について頭を悩ませる。結婚はしたい、でも寝取られるのではないかという不安がつきまとう。彼は巫女や占い師や哲学者や神学者や医者に、自身が結婚すべきか否か尋ねるが答えは出ない。この過程でよき夫婦関係を築くための秘訣のようなものが述べられる。無為を避けること、妻に執着しないこと、仕事に精を出すこと――彼らによるとそんなところであるが問題を解決できないパニュルジュは「聖なる酒びん」のお告げを聞くための冒険に出発することを決意する。議論となればソフィスト的な学者を脱糞させるほどの論客パニュルジュも自分の問題となるとハムレットのように煩悶して答えが出せないのがおかしい。

そして『第四の書』では奇天烈な島々をめぐる冒険が展開する。幻想的、ときにはグロテスクな習俗に縛られた人々の紹介がひたすら続くので読んでいて辛くなってくる。意味を求める読書だと読み通すのは難儀だろうから珍妙な博物誌として読むのが楽だろう。結局一行は「聖なる酒びん」にたどり着けず(というか冒険が進むにつれ酒びんの存在が忘れられていくような印象が強い)散漫化した冒険物語は、脱糞したパニュルジュの「飲もうじゃないの」という呼びかけで幕を閉じる。読者を煙に巻くようで、でもラブレーらしいような、すっきりするようでしない曖昧な終わりかただ。『第五の書』というのもあるそうだが訳者によると明らかにラブレー作とは思えない拙い出来だという。深読みをすれば酒びんを到達不可能なものの象徴だとか到達できないからこそ人は偉大だとか(ゲーテだったか?)そういう解釈ができそうではあるけれど、ここまで翻訳にして2000頁近く付き合ってくれば読者としてはどうなったとしても意外ではないので、これはこれでよい終わりかたではないだろうか。何が起きても「ラブレーだから」と思えばそれでもう何もかも受け入れられるような気が(たぶん)する。

ここまで各巻のあらすじを述べたけれどもあまりあらすじは重要ではない。せいぜい今何が起きているかが把握できていればいい程度で、あとはそこで繰り広げられる登場人物たちのおかしなやりとりを楽しむのが適切な読みかただろう。修道士でありながら滅茶苦茶に敵兵を殺しまくるジャン修道士や道化パニュルジュはガルガンチュアやパンタグリュエルをときに食ってしまうほどの存在感を発揮する。おかしいといえば下ネタもそうで、「わたしのしこしこ、びんびんちゃん」だの、「浣腸さま、脱腸さま、おけつさま」だの、「衰退たまきん、くさくさたまきん」だの今どき子どもでもいわないだろう言葉がたくさん出て来て、そのうえスカトロジー趣味もあって、「先日、われ脱糞しつつ/わが尻に残りし借財を感ず/その香り、わが思いしものにあらずして/われ、その臭さに撃沈さる」にはじまるロンドーから、おっしこの大洪水やら興奮して脱糞する学者やら、幕切れも前述のようにパニュルジュの脱糞であって、こんな小説を大真面目に読むのはナンセンスだろう。権力批判も脱糞描写もテクストとしては等価なので、とにかく笑えばいいのだ。パンタグリュエル主義という語がたびたび出てきて、これは「いつも平和で、楽しく、健康に、いつも大いに食べたり飲んだりして暮らすこと」、のちには「運命のいたずらなんかには頓着しない、快活なる精神のこと」であるそうで、『パンタグリュエル』では一度死んだ人物があの世めぐりをするのだが、彼の見たあの世はダンテのごとく厳格にして苛烈なものではなくあくまでユーモラスなものでとてもいい。笑いこそが、恐怖や不安からわれわれの身を守る最強の武器なのだ。

読者のみなさまへ

この本を読まれる、親愛なる読者よ
あらゆる先入観を捨て去りなさい。
本書を読んで、つまずいてはなりません。
ここには悪も腐敗も含まれてなどおりません。
正直なところ、ここで学ぶものといったら、
笑いをのぞけば、ほかに利点はございません。
わたしの心は、それ以外の主題などは選ぶことができません。
あなたがたを憔悴させ、やつれさせている苦しみを見るにつけても、
涙よりも、笑いを描くほうがましなのです。
なにしろ笑いとは、人間の本性なのですから。

『ガルガンチュア』
思想統制の厳しい時代に陰鬱さから遠く離れて、ときに攻撃的に笑いの物語をひたすら書いた偉大なラブレー。

『第五の書』は別刊扱いで現在翻訳中とのこと。訳者は白水社からモンテーニュの新訳も出していてこの大車輪の活躍に驚嘆する。

448042055Xガルガンチュア―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈1〉 (ちくま文庫)
フランソワ ラブレー Francois Rabeleis
筑摩書房 2005-01

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4480420568パンタグリュエル―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈2〉 (ちくま文庫)
フランソワ ラブレー Francois Rabelais
筑摩書房 2006-02

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4480420576第三の書―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈3〉 (ちくま文庫)
フランソワ ラブレー Francois Rabelais
筑摩書房 2007-09-10

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4480420584ガルガンチュアとパンタグリュエル〈4〉第四の書 (ちくま文庫)
フランソワ ラブレー Francois Rabelais
筑摩書房 2009-11-10

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