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zoom RSS 『プラテーロとわたし』 J.R.ヒメーネス

<<   作成日時 : 2011/10/08 00:00   >>

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ねえ、プラテーロ。

1956年(それは彼の死の2年前だった)に、抒情詩の発展に貢献した功績を評価されてノーベル文学賞を受賞したヒメーネスはアンダルシア出身、若くして名声を得るが父の死に衝撃を受けてノイローゼの症状に苦しむようになり、療養のためマドリードからふるさとのモゲール町に帰る。豊かな自然が彼を癒す。のどかな田園生活を送る彼のかたわらには月のような銀色の、やわらかな毛並みの驢馬がいた。名前はプラテーロ(しろがねの意味)。詩人はこの驢馬と過ごす日々を散文詩にして1冊の本にまとめた。それが本作だ。

ぜんぶで138編の散文詩。春から冬へと移りゆく日々、プラテーロとともに詩人はふるさとの美しい自然に目をとめ、子どもたちと遊んでいる。太陽が照り、木々は影をつくり、風が葡萄の実を揺らし、蝶は花のあいだを飛び、草原からは子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。ときには祭りの喧騒が詩人の家まで届く。夜には窓から月明かりが差してプラテーロの鳴き声がする。ジプシーの姿を見かける日もある。平穏であることの幸福を、詩人は驢馬に語りかける。「ねえ、プラテーロ」、「見てごらん、プラテーロ」と。けれどもこのふるさとにはまた貧しさがあり、ときには子どもが犠牲になる痛ましい事故も起きる。用なしになった家畜を捨てる「家畜捨て場」についてたびたびふれて、いのちのかなしさも述べられる。

文学において驢馬は諷刺の道具として扱われてきたけれど著者はそうした傾向に批判的で、こころからプラテーロに愛情を注いでいる。読んでいくうちいつしか管理人もプラテーロと詩人とともにアンダルシアで暮らしているような気分になっていた。どこへ行くにも詩人と驢馬はいつも一緒、しかし幸福な日々はプラテーロの死によって終わりを告げる。死の場面はどこか神秘的で限りなく哀切なもの。

終わり近くではもういないプラテーロに、詩人が語りかける優しさは本作の最後まで変わらない。いまは天国にいるはずのプラテーロ、そこからここが見えているだろうか。まだわたしのことを覚えているだろうか。きみと過ごした日々を本にしたよ。はじめは子どもたちのために、そのあとで世界中へと広がっていったよ。「アンダルシアのエレジー」と副題を添えた本作は13の言語に翻訳されているという。ノスタルジア。喪失感。いまは遠い幸福の記憶が詩人に数年がかりでこのささやかな詩集を書かせた。

138編を続けて読んでいけば退屈になる。それでいいので退屈さとは幸福の一要素なのだろう。


4003273311プラテーロとわたし (岩波文庫)
J.R.ヒメーネス 長南 実
岩波書店 2001-02-16

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理論社からも出版されている。
4652079818プラテーロとわたし
ファン・ラモン ヒメネス 長 新太
理論社 2011-07

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