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zoom RSS 『この世の王国』 アレホ・カルペンティエル

<<   作成日時 : 2011/10/11 00:00   >>

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血と暴力の歴史。

革命に次ぐ革命に揺れる1750年代から1820年代までのハイチの歴史を4部構成で描く。
第一部。フランス人の経営する農場で奴隷として酷使されているティ・ノエルは仲間のマッカンダルを尊敬している。彼はヴードゥー教の祭司で、労働で片腕を失ったあと脱走して奴隷たちの指導者となり白人たちに毒の呪いをかける。家畜たちがばたばたと倒れていくと次は白人たちの番で、市では死者が出たことを知らせる鐘の音が鳴りやまない。裏切り者によって反逆の首謀者が明らかになると、追われるマッカンダルはさまざまな生き物に変身して姿をくらます。しかしとうとう捕えられ彼は火刑に処せられる。

第二部ではマッカンダルと同じくヴードゥー教の祭司であるブックマンが反乱を企てティ・ノエルも集会に参加する。これを鎮圧するためフランスからナポレオン・ボナパルトの義弟ルクレルク将軍と妻ポーリーヌが軍を率いてハイチにやって来る。戦いは10年に及び、蔓延する疫病によってルクレルク将軍は倒れ、ポーリーヌは島を去る。そのあとでは島の風紀は乱れ、農場主たちは退廃的な乱痴気騒ぎに酔いしれる。

第三部では黒人のアンリ・クリストフが王の座に就いている。奴隷出身の王はフランスを模倣した政体や宗教をハイチに整備しようとする。べつの島に売り飛ばされたティ・ノエルが自由を得て数年ぶりにふるさとへ帰ってくると王の宮殿が建設中で、もう若くない彼なのに過酷な労働を強いられる。かつては白人が彼らに労働を課した、今度は同胞である黒人が支配者の立場から同じことをしているのにティ・ノエルは困惑する。専制的なアンリ王は部下の反乱に遭い、放火されて燃え盛る宮殿のなかで自決する。

第四部ではティ・ノエルはすっかり老いている。今度島を支配したのは黒人と白人の混血だった。幾度も繰り返される圧制、もはや島民たちは諦めたかのように支配者の強いる労働に従っている。いつになったら平穏な暮らしが得られるのか。ティ・ノエルは絶望に襲われる。
ティ・ノエルは、またしても背中を丸めて鞭打たれることになった臣下のものたちを助けてやりたいと思ったが、いくら考えてもいい方法を思いつかなかった。鎖は何回切ってもヒドラのように蘇り、足枷はまた生き返り、暮しは日ごとに悲惨さを増して行った。

人間だからこんな惨めな思いをせねばならないのだ。いっそ人間でなくなればいい。そう思ったとき、ティ・ノエルは鳥に変身していた。かつてマッカンダルから聞いていたヴードゥー教の奥義。いつの間にか彼にもその力が宿っていたのだ。ティ・ノエルはさまざまな変身を経て動物や虫たちの暮らし、彼らの王国を体験する。そしてついに本当の王国、本当の人間の偉大さに開眼する。再び人間の姿に戻った彼は大洪水を呼んで島のすべてを押し流し、いずこかへと去っていく。

主人公ティ・ノエルの視点からハイチの血と暴力の歴史が簡潔な文章で述べられる。マッカンダル、ブックマン、ルクレルク将軍やポーリーヌ・ボナパルト、アンリ・クリストフといった実在の人物が登場すると同時に、あらゆるものに変身するヴードゥー教の奥義や毒の呪いなどの幻想も描かれる。第一部から第四部までに約70年の時間が流れているのだが、その間ハイチは戦いと革命に動揺し、数え切れないほどの犠牲者を出し、権力者が白人から黒人や混血へと変わっても島民たちの暮らしはいささかも改善されず、相変わらず貧窮に喘ぎ希望は見出せない。ティ・ノエルの絶望は怒りに変わって、最後はすべてを白紙に還元するかのような浄化が行われる(大洪水は聖書の記述を連想させる)。天国の愉楽と安逸を否定し、たとえ現世が苦難に満ちたものであろうと、ここにしか人間の生きる場所はないのだというティ・ノエルの悟りはやや唐突で(分量が中篇程度であるためそう思えるのだろう)陳腐ですらあるかもしれないけれど感動的だ。それはまた歴史――あるいは人間の愚行――に絶望したとしても、決して希望を失うべきではないという力強いメッセージでもあるだろう。ハイチだけではなくこの地上に生きるすべての苦しむ人たちへの。

人間の偉大さは、現状をよりよいものにして行こうとする点、つまり、自分自身に義務を課して行く点にある。天上の王国には、征服して手に入れるべき偉大なものが欠けている。というのも、そこでは、きちんと位階が定められ、未知のものが明らかにされ、永生が約束され、犠牲的精神など考えられず、広く安らぎと愉楽が支配しているからである。さまざまな悲しみと義務に苦しめられ、貧困にあえぎながらも気高さを保ち、逆境にあっても人を愛することのできる人間だけが、この世の王国においてこのうえなく偉大なものを、至高のものを見出すことができる。


巻末の訳者解説のおかげで歴史に題材をとっている本作の内容がかなり理解できた。著者によるマジックリアリズムに関する序文が付いている。

4891762691この世の王国 (叢書 アンデスの風)
アレホ カルペンティエル Alejo Carpentier
水声社 1992-07

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