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zoom RSS 『世界終末戦争』 マリオ・バルガス=リョサ

<<   作成日時 : 2011/10/17 00:00   >>

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闇の奥。

19世紀末。ブラジル内陸部の奥地、バイア州カヌードスの村。荒廃した農地をあやしげな集団が不法占拠する。集団のリーダーと思しき人物は紫色の長衣をまとった長身の男でコンセリェイロと呼ばれている(カウンセラーといった意味)。ブラジル国内でもっとも貧しい人々にキリスト教の教えを説いてまわるうちにいつしか聖者と崇められるようになっていた彼のあとには救いを求める人々が付き従い(そのなかには何人もの犯罪者たちも混じっていた)、彼らは地上における理想郷を、山に四方を囲まれたカヌードスに築こうとする。はじめは数百人規模だったのが、聖者の噂を聞いた人々がブラジル各地から集まってきて最終的には3万人(推定)を超える人々がカヌードスの住民となる。

当時のブラジルは帝政から共和制に移行したばかりだった。あるときコンセリェイロは共和制下での新しい課税方式を告げ知らせる立札を見てこれを燃やしてこう告げる、アンチ・キリストが到来した、それは共和国だと。不穏な動きがあるとの理由でバイア州知事は100名ほどをカヌードスに派兵するが部隊は信者に襲撃されて敗走する。事態を重く見た知事は今度は500名からなる部隊を送り込むも二度の会戦でまさかの敗北を喫する。カヌードスにはコンセリェイロと出会って改心した犯罪者が多くいて彼らは戦いに慣れてはいたものの、老人や女子ども、農民などのほうがはるかに多かったのであり、これら素人集団に二度までも軍隊が敗れるとはありえないことだった。この反乱を鎮圧するため、中央政府はブラジル陸軍でもっとも名高い士官のひとりであるセザル大佐率いる遠征隊(約1200名の精鋭部隊)を送りこむがカヌードスは三たび政府軍を撃破する。

4度目の遠征隊はこれまでにない数千人規模のものになり、カヌードスも政府軍も多くの被害を出しながら戦いを4ヶ月近く続ける。ゲリラ戦術を用いてカヌードス側は抵抗するが、陸続と送り込まれてくる政府軍の物量の前についに敗北、この戦いの最中にコンセリェイロも衰弱死し、カヌードスは投降した300人程度を除いて全滅する。

本作は、1896年からほぼ1年にわたって続いた「カヌードスの反乱」という史実をもとにしている。聖者と呼ばれたコンセリェイロと彼のもとに集った人々、政府軍の士官たちの多くは実在の人物だという。なぜこのような事件が起きたのか、その背景となるブラジルの歴史を訳者は詳細に述べている。ブラジルは植民地時代から沿岸部ばかりが発展していき、奥地は近代化から取り残され続けた。家畜の放牧くらいしか産業のないカヌードス周辺はブラジルで最も貧しい地域だという。1701年に内陸部はサン・パウロやリオ・デ・ジャネイロとの直接交易を禁じられて孤立し、孤立しているがゆえに社会システムは古いままで(地主たちが権力をもっている)住民たちは無知の闇に取り残されていた。彼らは自分たちが暮らす以外の土地をまとめて(英語でいえば)big landsと呼ぶしかできなかったという。貧困は犯罪の温床となるから盗賊たちがそこから生まれ治安は悪化する。

コンセリェイロは共和国こそがアンチ・キリストであると説き、信者たちはそれを妄信して政府と死闘を繰り広げる。4度にわたる戦闘の末にカヌードス側はほぼすべての住民が死ぬ。表向きは政治的な闘争のように見える。けれどもことの淵源を辿れば狂信の問題であり、これを生んだのは孤立した土地に生きる住民たちの無知のためだとする見かたが強いようだ。近代化された政府軍と近代化から取り残された奥地の住民たちがコンセリェイロの登場によって対立し衝突する。カヌードスの反乱を文明と野蛮の衝突と図式化することも可能だろう。

「持っているものといったらぼろと虱だけ」、時代遅れの銃のほかには鉈や弓といった武器しかもたないカヌードスの信者たちがなぜ政府軍に三度まで勝利することができたのか。政府軍にはイギリス製の銃やらドイツ製の大砲やら最新の武器が揃っていたにも関わらず。
カヌードスは山に囲まれている。不案内な人間はすぐに迷ってしまうような土地だ。信者たちは地の利を最大限に活かしてゲリラ戦術に徹する。政府軍は戦争を芸術ととらえモラルさえあると思っていて、だから当然敵もそうなのだろうと予想していたらカヌードス側はそんなモラルなど一切構わず襲い掛かってくる。戦争をするつもりの政府軍と殺し合いをするつもりのカヌードス。言葉にしてしまえば陳腐だけれどもこの意識の差は大きかっただろう。カヌードス側は政府軍を「魔の犬」と呼び、彼らの死体の首を切り落として木に吊るす。不利になれば子どもを肉弾にする。勝つためには何でもする、こうした敵を相手に近代的な戦術はまったく役に立たず、政府軍は最終的には兵の数にものをいわせてカヌードスを包囲し兵糧攻めにするしか勝利の方法を見出せなかった。素人集団を鎮圧するのに1年を要し、7500名の兵を投入し(そのうち2600名が負傷もしくは死亡)、ブラジル陸軍きっての精鋭部隊が1日で潰走させられた。訳者は「これは近代軍にとってはほとんど敗北に近いものだろう」と述べている。3世紀の長きにわたり中央政府から忘れ去られた土地の怨念が、怒りが、聖者の登場をきっかけに文明に牙を剥いた。カヌードスの反乱とはすなわち辺境の反逆だった。

この戦いの鍵人物である聖者コンセリェイロとはいかなる人物だったのか。著者は彼の来歴を述べず内心にも踏み込まないために神秘的な存在感を醸している。はじめのうちこそ登場場面は多いけれども中盤あたりから出番は少なくなっていき、代わって周囲の信者たちの目を通して彼の言動は述べられる。この構図をみると、信者たちはみな各自が見たいと思っていた救世主像をコンセリェイロに投影して見ていたのではないかと思えてくる。コンセリェイロの狂信が他者に承認され正常となっていく過程はおそろしい。とはいえ著者は答えを出さず、彼が本当に聖者であったのかそれとも狂信者だったのかは謎として残され判断は読者に委ねられる。カヌードスと政府の対立が主筋だが、この事件をめぐってバイア州の議員たちの政争や、カヌードスに惹かれるインテリたちの辿る顛末が描かれて物語の奥行きを増している。2段組700頁の分量、多くの視点人物による断章が並置された手法(時間も前後する)のためとっつきにくく見えるけれども、読みはじめれば手法は自然で冒頭からすらすら読んでいけるし、そのうえとにかくストーリーがおもしろい。続きが気になって夕食を早く切り上げようという気になるくらいおもしろい。訳文もよいのだろう。ただし本が重たくて肩が凝った。

著者はカヌードス側に寄り添っているので、信者たちはただ神の教えを守って生きていこうとしているだけなのに、犯罪者を改心させた聖者なのに、政府に敵と見做され殺されなければならない展開には同情を誘うものがある。誰からも助けを得られなかった者たちが集まって、だからここではみなが助け合って生きていこうとしているのに敵は皆殺しにしようと襲ってくる、ある信者はそう述懐する。こうした共感を誘うようなカヌードスの人々(もっとも彼らとて責められるべき野蛮さを十分に持ち合わせているのだが)が最後には全滅せねばならないのは痛ましい。

政府はカヌードスの反乱を鎮圧する。コンセリェイロをはじめ信者たちのほぼすべては死ぬ。けれども事件の本質である辺境の怨念は鎮められたのか。史実ではカヌードスの反乱鎮圧後にも、ブラジル内陸部には聖者と称される人物が新たに登場して民衆から絶大な支持を得たという。

410514507X世界終末戦争
マリオ バルガス=リョサ Mario Vargas Llosa
新潮社 2010-12

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
いつもブログの更新楽しみにしています
23キロ
2011/10/17 10:08
>23キロさん

ありがとうございます。
epi
2011/10/18 18:51

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