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zoom RSS 『バートルビーと仲間たち』 エンリーケ・ビラ=マタス

<<   作成日時 : 2011/10/24 00:00   >>

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もの書かぬ人びと。

25年前に発表した小説の内容に憤った父親の口述を筆記したことがきっかけで以後ペンをとらなくなった書かない作家である語り手が、同じく書かないことを選択した作家(または書けなくなった作家)たちの足跡を辿っていく。書かない作家という矛盾した分類の鍵言葉となるのは「バートルビー症候群」だ。メルヴィルの短篇の主人公、何々をせよという雇用主の命令に「せずにすめばありがたいのですが」とやんわりと拒否を示すあの奇怪な筆耕の系譜に連なる作家たちが世界には数多いる。

19歳でフランス象徴詩に金字塔を打ち立てたのち詩作を放棄してエチオピアに向かったランボー。何かを見てもそれを指す言葉を見つけられないという言語の不完全性に直面して執筆を諦めてしまう作家を主人公にした「チャンドス卿の手紙」を書いたホフマンスタール。作品を発表したのち精神に変調をきたし精神病院に入院後は一切の執筆を捨てたローベルト・ヴァルザー。書くことの困難を日記に記し続け、自身の死後は原稿をすべて焼却してほしいと友人に依頼したカフカ。グラース家の物語を数編発表したのち40年以上沈黙し公に姿を見せることのなかったサリンジャー。彼らをはじめとして本作に登場するバートルビー症候群の作家たちに共通するのは否定の意志だ。世界に「ノー」と言うこと。言い続けること。作品を生み出さないことがひとつの作品になるようですらある姿勢。「チャンドス卿の手紙」における表現の不可能性は、言語への信頼の崩壊、人間のコミュニケーションの限界、これまで自明のものとされてきたことがらへの疑念が凝縮されてある。20世紀の初頭に発表されたこの短篇小説で文学は自らを反省している。

バートルビー症候群の作家たちに関するメモを書いていくうちに語り手は気付く。「文学を放棄するやり方は作家の数だけあるし、そこに一貫性など見られない」。本作は断章形式で、小説というよりはバートルビー症候群の作家たちのエピソードを集めた本という印象が強い。そうしたエピソードから作家たちの、ときに悲痛な、ときに皮肉な発言が紹介される。
オスカー・ワイルド。「以前、人生を知らないときはものを書いていたが、その意味がわかった今では、何も書くことはない」
フアン・ラモン・ヒメーネス。「わたしの最高の作品は自分の作品を後悔していることだ」。
ヴァレリー。「人はものを書けば書くほど、考えなくなる」。
ランボー。「今のおれは、芸術というのはばかげたものだと言うことができる」。
ジュリアン・グラック。「作家というのは他人から何も期待できないのだ。ただ、自分のためにのみ書いているんだよ」。
ベケット。「言葉さえもわれわれを見捨てる、そしてそのことですべては語られているのだ」。

バートルビー症候群というのは新しい病気ではない。この否定的な衝動、あるいは虚無に引き寄せられる傾向は現代文学の慢性的な病弊である、と語り手は述べる。書くこと、そしてそれを――web上であれ――発表することは他人とのつながりを求める行為であるだろう。他人に向けていないというのなら日記に書いて机の引き出しにしまっておけばよい(そうしている人は多いと思われる)。恥じらいながらか臆面もなくかを問わず、発表するということは他人とつながりたいという希望であって(他人からの評価はわれわれを幸福にも不幸にもする)、だから書かないこと、発表しないことを選択した作家たちの否定の意志の強さに驚かされるのだ(「あなたはなぜ書くのか」と問われて「弱さから」と答えた詩人がいた)。けれどもいかに否定の意志が強かろうと、己に厳格であろうと、バートルビー症候群の作家たちよりも、ものを書き続け発表し続ける作家たちのほうが高いことは意識しておかねばならないだろう。書かないこと以上に、書き続けることのほうが困難な選択であるに違いないのだから(何事であれ止してしまう理由などすぐにいくらでも見つけられる)。そうして書き続けることの最大の秘訣は――あらゆる人間の営為がそうであるように――結局は主義や思想というより体力の問題であるように思うのだがどうだろうか。

「前世紀の文学が入り込んだ閉塞状況から抜け出す」ために書かない作家たちについて考察し、そこから書くことの意味を問い直す。むろん答えは出ない、けれどもこの考察、この問いがひとつの答えになるのかもしれない。本作はこれでひとつの文学として成り立っているのだから。

4105057715バートルビーと仲間たち
エンリーケ・ビラ=マタス 木村榮一
新潮社 2008-02-27

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