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zoom RSS 『イリアス』 ホメロス

<<   作成日時 : 2011/10/25 00:00   >>

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兵どもが夢の跡。

紀元前1300年頃(推測)、スパルタ王家の美女ヘレネは婿メネラオスを迎えて王妃となるが、夫の留守中にトロイアの王子パリスに誘惑されて駆け落ちしてしまう。王妃を奪還するべく、彼女の夫メネラオスの兄、ミュケナイ王アガメムノンはギリシア各地の諸王国の軍勢を集めてトロイアへ遠征する。総大将アガメムノンの率いる連合軍には智将オデュッセウス、諸将からの信頼篤い老将ネストル、最強の戦士アキレウス、アキレウスに次ぐ勇士大アイアス、ディオメデスら優れた将軍が揃っていたものの、堅固な城壁をめぐらせたトロイアを攻めあぐねて戦争は10年に及ぶ。しかしオデュッセウスが木馬に兵を潜ませる作戦を考案し、これによってトロイアは陥落、ヘレネはメネラオスのもとへと帰る。

以上が『イリアス』の背景であるトロイア戦争の梗概だ。本作はこの戦争の末期、9年目の数十日間の経過を物語る。捕虜の娘をめぐってアガメムノンとアキレウスが諍いになり、アキレウスは戦闘への参加を拒否する。ギリシア連合軍はアキレウスを欠いたままトロイア連合軍(トロイア側にも近隣から援軍が来ている)と戦う。ゼウスの思惑から両軍は一進一退を繰り返すが次第にトロイア側がギリシア勢を追い詰めていくと、未だ腹を立てて戦況を傍観しているアキレウスに業を煮やして彼の親友パトロクロスが打って出る。しかしトロイアの王子ヘクトル(パリスの兄)に返り討ちにされ、親友の死に怒ったアキレウスは戦線への復帰を決意、彼の参戦によって戦況は一変し、神々も各々が贔屓する側に加わって戦いは激しさを増す。アキレウスはトロイア王城の門前でヘクトルに一騎打ちを挑み、これに勝利すると遺体を傷めつけるため陣地に引きずっていく。トロイア王プリアモスは息子を弔いたいと神々に懇願し、ゼウスがこれを容れてヘクトルの遺体はトロイアに返還され、人々の号泣のなか亡き英雄の葬儀が営まれる。

ギリシア英雄時代の戦い。本作に戦車は登場するがこれは人が乗って攻撃するのではなく戦場までの移動手段としてのみ使われている。英雄たち(支配階級にある者たち)は戦車に乗って戦場に出たのち、率いる軍の先頭に立って戦わねばならない。支配者たる者、誰よりも前に出て戦い、敵に背中を見せてはならぬというのが当時の掟だったようだ。オデュッセウスにせよヘクトルにせよ、過酷な状況下で弱気になることもあるが、折れそうになるこころを叱咤して戦場に留まり続ける。「戦場を逃れる者は腰抜けで、戦いに見事な手柄をたてるほどの者ならば、敵を討とうと、敵に討たれようと、どうしてもあくまで踏み留まらねばならぬ」、敵勢に囲まれたオデュッセウスは自らをそう叱咤する。当時の戦闘は憎い仇は殺したあとも死体に刃を突き刺す、死体から武具を剥ぐ。戦いかたも原始的であって槍や剣だけではなく岩も武器にする。こうした時代において誇りというのがいかに戦士たちにとって重要な要素であったか、繰り返される言及によって知られる。

ホメロスの叙事詩は口承叙事詩であって、文字による記録を前提としたものではない。トロイア戦争自体、ホメロスが生きていたとされる時代(紀元前8世紀ころ?)より400年前の出来事であり、口承叙事詩の伝統を受け継いでこの大作をまとめたのだった。文字に頼って生きている現代の人間からすると、口承で何世代も叙事詩を語り継ぐというのはありえないことのようにも思えるが、逆に文字がなかったからこそ記憶をフルに活用できたのかもしれないとも思える(卑近な例だが、携帯電話を持つ以前には十数人分の電話番号を暗記できていた人は多いだろう)。文字や記録する道具の有無にこだわりたくなるのはなんといっても本作の長大さにあるが、訳者は解説で、宴席や祭典など集まりの場でエピソードを抜き出して歌われていたものが、のちに明確な主題をもって長編の制作が試みられて『イリアス』が成ったのではないかと述べている。これだけの長さだから一度に全篇を口誦することはなくて、シリーズものの続きのように何回かに分けたり、聴衆のリクエストに応じて語ったのではないかと。ではホメロスのテクストを作成したのは誰なのだろうか。絶倫の記憶力を保持している職業的な詩人だったホメロスは詩の制作に文字を必要としない。だから彼が詩を記録したとは考えにくく、ホメロスの詩の完成度の高さを知ってこれが詩人の死とともに消滅するのを憂慮した誰かが記録させたのではないかと推測されているとのこと(同じく口誦詩であるカムイのユーカラも似た経緯をもっている)。訳者によると紀元前6世紀後半のアテナイで、ホメロスの詩についてなんらかの校訂あるいは編纂に類する作業が行われ、上演用のテクストが作られたのは確かで、このときのテクストが前5世紀以後の流布本の普及に大きい影響を及ぼしたらしい。なにより驚くべきことは――翻訳であるとはいえ――こうして文庫本で読める『イリアス』がプラトンの読んだものとほぼ同じだということだ。約2700年の隔たりがあってもさほどの違和感もなく読める。さらに遡れば、はじめから文字記録として作成されたメソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』がある。

『イリアス』は一般読者である管理人には少々退屈に思える部分も少なからずあった。戦闘場面は神々が参戦する場合を除くと基本的に単調だし、口頭詩であるからだろう、台詞に一族の歴史を混ぜる英雄たちには辟易する。印象的なのは比喩で、戦士たちの戦いぶりを獣や自然現象に喩えるのはその迫力に感嘆した。しかし何より余韻として残ったのは戦争の空しさだ(こういう感想自体が現代的なものなのだろうが)。オリュンポスの頂で人間たちを操る神々は不死であって、死すべき存在である人間の悲しみ、あるいは惨めさを理解することはない。至高神ゼウスはいうだろう、
まこと、地上を歩み呼吸するあらゆる生きもののうちでも、人間ほど惨めなものはないからな。

トロイアに肩入れするアポロンもこう述べる、
憐れむべき人間ども、彼等は木の葉と同じく一時は田畑の稔りを啖って勢いよく栄えるものの、はかなく滅びてゆく、

決して死ねない神々こそ憐れではないかと管理人などは思ってしまうのだが、とにかくこうした不死の神々と対比されることで人間の有限性はいよいよ際立つ。しかも舞台は生と死の交わる戦場、オデュッセウスやアキレウスとて戦いの空しさに気付いている。
ああ、争いなど神界からも人の世からもなくなればよいに、それにまた怒りも。

アガメムノンとアキレウスの激しい口論で始まる本作は、英雄ヘクトル、間もなく滅びるトロイアの王子の葬儀で幕を閉じる。亡骸に向かって妻アンドロマケ、母ヘカベ、義妹ヘレネがそれぞれ悲しい心情を打ち明ける最後の場面の哀切さ。とくに父無しとなったわが子の将来を憂うアンドロマケの悲しみは感動を誘う。ヘクトルは憎しみの連鎖の犠牲者だった。パトロクロスの仇を討たんとしたアキレウスによって殺されたが、そのアキレウスもこののちアポロンの助けを借りたパリスの矢によって死ぬことになる。偉大な英雄たちが次々に斃れていく。やりきれなくなるが、そもそもトロイア戦争自体が不毛な戦いだった。戦争の目的は奪われたヘレネの奪還。そのヘレネから見ると、最初の夫メネラオスは粗野な無骨者、美しい二番目の夫パリスは臆病者、二人のどちらにも強い愛情を感じてはいない。それなのに自分が原因で大規模な戦争が始まり、終結すればギリシアかトロイアか(メネラオスかパリスか)勝った側に引き取られ、等しく愛していない夫のものとならねばならない。この戦争にもっとも空しさを感じていたのはあるいは彼女だったかもしれない。

各二十四歌の冒頭に訳者による梗概が付いていて内容理解に役立った。翻訳は音読したくなるような格調高くてでも読みやすいもの。ゼウスとヘレの不仲な夫婦関係はかなり笑えた。

4003210212イリアス〈上〉 (岩波文庫)
ホメロス Homeros
岩波書店 1992-09-16

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4003210220イリアス〈下〉 (岩波文庫)
ホメロス Homeros
岩波書店 1992-09-16

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こちらは解説書として。
4312010110ホメロスの世界
藤縄 謙三
魁星出版 2006-12

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