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zoom RSS 『オデュッセイア』 ホメロス

<<   作成日時 : 2011/10/27 00:00   >>

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王の帰還。

アキレウスや大アイアスなどの勇士を失ったものの10年続いたトロイア戦争はギリシア連合軍の勝利に終わった。しかし帰国直前に総大将アガメムノンと弟メネラオスが喧嘩になり、その結果ギリシア勢はいくつかの集団に分かれて勝手に帰国することになる。無事帰国できた者たちがいる一方で不幸に見舞われた者たちがいた。アガメムノンは祖国に辿り着いたものの彼の留守中に妃クリュタイムネストラが従弟アイギストスと密通しておりこの二人に殺害される(のち亡王の息子オレステスが仇を討つだろう)。メネラオスは嵐のためにエジプトまで流されて終戦から7年を経てようやく帰国し、戦争の原因だったヘレネと平穏に暮らす。そして終戦から10年が経過した現在。戦時に失われた世界の秩序は次第に回復しつつあるものの、イタケの王にしてトロイア戦争最大の功労者であるオデュッセウスは未だ帰国できておらず、妻ペネロペイアと息子テレマコスは胸を痛めている。彼はどこにいるのか。

オデュッセウスはオギュギエの島で女神カリュプソと同棲生活の7年目(!)にいた。女神に見初められた彼は丁重にもてなされ、もし夫になってくれれば不死にしてやるといわれるが魅力を感じず、毎日渚に座っては故郷イタケを想って泣いていた。海神ポセイドンの怒りを買ったためにこの島に足留めされていたのだが、オリュンポスの神々の会議の結果、ようやく彼の帰国が決議される(冒頭はこの場面)。オデュッセウスは筏に乗って出発、途中ポセイドンの妨害に遭って難破するもののなんとかパイエケス人の島に上陸、王女ナウシカアに導かれて王宮を訪れ、イタケへ帰りたい希望を告げる。王は快く了承し、ぜひこれまでの冒険を聞かせてほしいと頼む。頼まれたオデュッセウスは10年に渡る漂泊を語りはじめる。

オデュッセウス率いる軍勢は帰国の途中で略奪のためにトラキア近辺の町を襲ったあとで逆襲に遭い、慌てて出発した船は大風で流される。ここから幻想譚めいた冒険の連続になる。ロートスの実(なつめ?)を常食とするロートパゴイ族の島、一つ目の巨人キュクロプスの島(この島での出来事のためにポセイドンの怒りを買う)、風神アイオロスの島、巨人が住み夜のないライストリュゴネ族の島。これらを転々としていくうちに船はオデュッセウスの乗る1隻だけになってしまう。一行はアイアイエ島に流れ着き魔女神キルケと出会い、彼女に気に入られたオデュッセウスは居心地のよさから部下とともに1年間(!)ここに留まる。ようやく出発を決意するとキルケは冥府に赴き予言を聞いてからにせよという(この場面は物語の進行上不要なことがのちにわかるのだが)。冥府には亡母や戦友たちの幽霊がさまよっている。予言を得た一行はイタケへ航路をとるが、途中には多くの難所があった。歌で人を惑わすセイレンの島、大渦、そして獰猛な6本首のスキュレ。犠牲を出しながらも難所を抜け、一行は太陽神ヒュペリオンの島に上陸。この島で決して殺してはいけないとキルケにいわれていた獣を殺してしまったために神罰が下り部下たちはみな死に、オデュッセウス一人が命からがら女神カリュプソの島に漂着する。そこで7年を過ごしていたとはすでに述べた。

パイエケス人の船で20年ぶりに帰国したオデュッセウス。さてどうするかと考える彼のまえに女神アテネが現れていうには、妻ペネロペイアは操を貫き通しているが100人を超える財産狙いの求婚者たちが屋敷に居座って毎日宴を開きお前の資産を浪費している、あげく彼らは万が一王が帰国したなら息子テレマコスともども殺して王権と財産を得ようと画策しているからいま行けば殺されるだろう、とりあえずは乞食に身をやつして様子を窺うがよい。この助言に従い、もともと策略に長けたオデュッセウスであるからうまく求婚者たちを欺き、女神の導きで息子と再会すると力を合わせて求婚者たちを皆殺しにし、ついでに不忠の召使たちも殺し、20年ぶりに妻を抱擁する。

訳者によると『オデュッセイア』は『イリアス』より数十年から半世紀近く新しい作品だという。老年期のホメロスの作か、彼に匹敵する違う詩人の作であるか、明確にはわからないとのこと。幾つかかなり目立つ違いがあって一般読者である管理人が読んでも気が付く。
まず世界観の違い。『イリアス』の世界では滅びに善悪は関係なく、ヘクトルのような善人も死なねばならない。神々は荒々しく人間を弄ぶ。ゼウスは運命に翻弄されて生きまた死ぬ人間たちを眺めて楽しんでいるようですらある。『イリアス』の世界は悲劇的だ。対して終戦後である『オデュッセイア』の世界は穏やかで『イリアス』のように神々がゼウスに反抗することはなく、至高神による支配権が強固になっている。唯一反抗的なポセイドンに対してもゼウスは腕力に訴えず話し合いで解決しようとするし、最後には「富と平和」に言及する。好戦的なアテネすら海神に遠慮して海上では表立ってオデュッセウスを助けない。運命の残酷さはあまり感じられなくて、滅びるのはみな悪を為した者が報いを受けるのであって世界観は勧善懲悪的だ。最終的にアテネの仲裁で怨恨が鎮められてハッピーエンドを迎える『オデュッセイア』は喜劇といってよいのではないだろうか。このあたりの世界観の変化は当時の社会状況――英雄時代から市民社会への移行――が背景にあると藤縄謙三氏は『ホメロスの世界』で述べている。

次に構成の違い。『イリアス』が、アキレウスが怒り戦闘を拒否したのちパトロクロスの死を経て再び参戦してヘクトルを討つ、という時間の経過に従った一直線の構成であるのに対して、『オデュッセイア』は神々の会議にはじまりテレマコスの父親探索が語られ、そのあとカリュプソのもとにいるオデュッセウスが登場して、漂着した島でこれまでの10年間を物語り、やがて帰国するという複雑な構成になっている。さらに『イリアス』が神々の場を除けば戦場のみを舞台としていたのに対して『オデュッセイア』ではイタケとテレマコスの行動とオデュッセウスの漂泊の三つが舞台となって中盤で一つに収斂する。しかも「一方そのころ……」といった感じに語りの途中で場面が変わるのだ。こうした違いを訳者は『イリアス』は単一的、『オデュッセイア』は複合的とわかりやすく解説している。

また『イリアス』ではあんなにあった比喩が『オデュッセイア』では極端に少ないのはわかりやすい違いだ(主筋となる戦闘場面はどうしても単調になってしまうからという理由はあるだろうが)。語り口も淡々としていて情念の爆発といった烈しさは見られず、最後の求婚者誅殺の場面も『イリアス』の戦闘場面ほどの迫力はない。古くから『イリアス』はパトス(情念)の劇、『オデュッセイア』はエートス(性格)の劇と評されてきた。アキレウスの怒りを主題とする『イリアス』、オデュッセウスの漂泊(による人格形成)を主題とする『オデュッセイア』。かなり印象は異なるものの、ホメロス作といわれるこの2作はアリストテレスの時代から他の叙事詩とはその完成度の高さが段違いであると認識されていた。

漂泊による人格形成とは具体的にどういうことか。
『オデュッセイア』で目立つのは女だ。貞婦ペネロペイア、女神カリュプソ、可憐なナウシカア、魔女神キルケ、セイレンやスキュレといった怪物たちも女。そう、オデュッセウスの漂泊とは女たちのあいだの漂泊なのだ。彼はかつて10年に渡って男だけの世界――戦場――に身を置いていた。こののちは女たちのあいだを10年さまよう。未だ若さは残っているものの、おそらくは50歳前後だろう。この20年の遍歴を通じて彼の人生観は変化する。かつては英雄的な生きかた――それは『イリアス』の世界観だった――を望んだ。
戦場に在っては、これほどの男であったわしだが畑仕事は嫌いで、立派な子を育てるには肝要な、家事を見るのも苦手であった。わしの好みはいつも渝らず、櫂を具えた船、それに戦争や磨き抜かれた投槍や矢など、いずれも他の者たちが身震いするような、兇々しいものばかりであったが、わしにはこれらのものが性に合っていたのだ


この価値観が女たちの混沌たる世界を10年さまようと――繰り返すようにここには当時の社会が反映しているのだが――次のように変わる。
親許を離れ遥かなる異国に在っては、たとえ豪奢な屋敷に住もうと、己れの祖国、両親よりよいものはない。

こうした変化はオデュッセウスよりむしろアキレウスの発言に見て取れて、生前は名誉のためなら死も厭わぬまさしく英雄精神の象徴であった彼が、冥府でオデュッセウスにいうには、
世を去った死人全員の王となって君臨するよりも、むしろ地上に在って、どこかの、土地の割当ても受けられず、資産も乏しい男にでも傭われて仕えたい気持だ。

にわかには信じがたい発言。世界観は英雄的なそれから平穏なそれへと変わっていく。これを成熟といってよいのではないか。

『オデュッセイア』は「オデュッセウスの詩篇」という意味だが(『イリアス』はイリオス=トロイアの詩篇という意味)彼個人というよりオデュッセウス一家の物語だろう。オデュッセウスの成長だけでなく、息子テレマコスの成長も詩人は主眼としていたはずだ。ペネロペイアは夫の安否を気遣っては眠ってばかりいて憂鬱がかなり強かっただろうことが推測できる。

『イリアス』と『オデュッセイア』、どちらが好きかと問われたら、管理人は迷わず『オデュッセイア』を選ぶ。『イリアス』は情念の迫力は感じられるが戦闘が主筋のため単調で退屈を覚えたが、こちらは最後まで――梗概によって内容がわかっていても関係なく――飽きなかった(ネタバレという言葉があるが、謎解き以外で内容を知ったら読む気がなくなるという人はたぶん読書があまり好きではないのだと思う。むしろ内容があらかじめある程度わかっていたほうが楽しめる場合が多い気がする)。2700年まえの作品なのにこんなに楽しく読めてよいのだろうか。架空の冒険譚の元祖でありながら、のちの『第四の書』や『ガリバー旅行記』より退屈しない。この漂泊には民話も取り込まれている。危地に陥ったオデュッセウスが機知を利かせて脱するのが痛快でいい。彼はかなりの策略家で妻や雇い人だけでなく女神すら欺こうとするのだが、こんなにすらすら嘘をつかれてはそもそも漂流物語も嘘だったのではないかと疑いたくなる。この曖昧さが心地よくて好みなのだ。

なお上巻の表紙はテレマコス(左)とペネロペイア。下巻の表紙は女中に足を洗ってもらっているオデュッセウス。

4003210247ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)
松平 千秋
岩波書店 1994-09-16

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4003210255ホメロス オデュッセイア〈下〉 (岩波文庫)
松平 千秋
岩波書店 1994-09-16

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『イリアス』に引き続きこちらを参考にした。求婚者が家に居座る理由や、民話の影響、当時の社会状況など、疑問に思った点が解説されていてとても役立った。
4312010110ホメロスの世界
藤縄 謙三
魁星出版 2006-12

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