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zoom RSS 『森のバルコニー/狭い水路』 ジュリアン・グラック

<<   作成日時 : 2011/11/28 00:00   >>

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森の生活。

時は第二次世界大戦初期。1939年9月にドイツ軍はポーランドに侵攻し、英仏両国がドイツに対し宣戦布告、戦争は本格化する。わずか3週間でポーランドを制圧したドイツはしかしその後半年以上にわたって攻勢に移らず、フランス軍は国境を隔てて対峙したまま次第に士気を下げていく。厭戦ムードが軍隊内に濃く漂いはじめる。本作の舞台はフランス東北部の「辺境」、ベルギー領に接するアルデンヌの森。国境防備のためこの深い森林地帯に配置された4人の兵士たちの運命が述べられる。

晩秋。見習い士官のグランジュが配属された森の奥にある監視哨にはすでに3人の部下が暮らしていた。彼らは退屈な警備の任務の傍ら狩猟をするなどして過ごしている。朝が来れば形式的に軍務をこなし、夜になればビールを飲み煙草を吸いながら男たちはとりとめない会話に耽る。退屈で、どこか気だるいような雰囲気がグランジュは気に入る。人里離れた森での生活に現実からの解放を感じ、突然与えられた休暇のように思う。そしてこの暮しのなかで何かを待っている自分に気が付く。
待つとすればそれはただ一つの感覚、悪夢のなかで腹を薙ぐ風を受けながらさえぎるものない虚空を落下してゆく――すでに漠然とした予感のうちにある――あの終極の感覚、さらに正確に言うとすれば――もちろんそれを求めているなどと人は感じてはいないけれども――おそらく「生の終極」とでも呼ばれる感覚であろう。いまやもっとも望ましいこととは、まさに酔いつぶれて砂浜に眠ることにほかなるまい。

戦争の空白期間がグランジュを厭戦的にさせる。彼には世界がこう見える。
もはや明るいニュースが訪れることはないであろう世界。起こりうる事態に向けられる思いを時々刻々巧妙にだましながら、その奸策のなかに身を沈めて薄明のなかで呼吸しているにすぎない。痛みのない、しかし悪化の可能性をはらんだ病める世界――「予測保留」の世界

破滅に瀕した世界。いつか起こるだろう戦いの予感――死の予感――が見習士官を暗くしていく。

グランジュが雨の日に森を歩いていると、前を行く少女のようにも成熟した女のようにも見える妖精めいた女の背中が見えた。のちに彼女は未亡人だと判明するのだが、グランジュは彼女モーナと恋仲になり、住んでいる麓の村へ通って身体を重ねる。空虚な待機のあるとき上官はグランジュに言う、司令部付きの中隊に転属しないかと。それはより安全な場所への異動を意味していた。けれども、休暇のような時間を現実離れした森のなかで過ごすのに満足しているグランジュはその言葉に魅力を感じない。上官の誘いを断り、危険な国境防備の任務を続ける。「ここで暮らすということのためか」、上官の誘いを断った理由を自問して彼はそう結論する。モーナは「あなたの森」とグランジュに言う。いまや彼はアルデンヌの森にすっかり馴染んでいたのだ。

やがて敵の攻撃が近いという情報がもたらされる。村人たちは避難せねばならなくなる。モーナも例外ではない。森のなかでおとぎ話のように出会った恋人たちは戦争によって引き裂かれる。それはまた同時にグランジュの休暇(のような時間)の終わりでもあった。

そして始まったドイツ軍の攻撃。突如森に銃声が響き、戦車が轟音とともに監視哨へと向かってくる。グランジュたちは応戦するもすぐに撃破され、部下のうち二人は死に、グランジュ自身も深い傷を負う。彼を連れて逃げようとする生き残った部下に自分を置いて一人で逃げるよう命じると、彼は足を引きずるようにして村へと向かい、かつて通ったモーナの家を訪れる。ドアを開けて寝室に入り、倒れるようにベッドに横になった途端意識が朦朧としてくる。

それが何かもわからずに、ただ来ることを期待して待ち続けていた。それがついに訪れたのだ。しかしそのやって来たものが現実のものとはどうしても思えずにいたのだが。いまや彼にとって「世界はわびしい蒼白の光に照らされたホテルの室のように、ふわふわと手応えもなくすり抜けてゆく」ようだった。これまでの待機、それは放浪のようなものだった。森のなかを波打ち際を歩くようにしてさまよい続けていたのだ。しかしそれももう終わった。
「でももう底まで着いた」一種安らかな気持でそう思った。「もはや期待するものはない。ほかになにひとつ。おれはもどり着いたのだから」。

疲労が全身を包んでいく。雑木林のほうからフクロウの鳴き声が聞こえる。モーナの顔が、シャグマユリの咲く美しい草原が思い出される。やがて彼は毛布を頭からかぶって眠りに落ちていく。おそらくは死の眠りに。小説の終わり近くはいよいよ厭戦的な雰囲気が濃い。

戦争という現実の出来事を扱いながら、著者の気質ゆえか夢のような雰囲気が全篇を包んでいる。死や破滅のイメージ。生の徒労。現実からの遊離。深い森のなかでさまようような読書だった。主人公としてグランジュが設定されているが、彼のドラマよりも細かく描写される森こそがあるいは本作の主人公であるのかもしれない。季節のうつろいや木々のざわめき、鳥のさえずり、積もっていく雪。そうした自然との交感がグランジュを、読者を魅了する。

B000J7YJRE森のバルコニー・狭い水路 (1981年) (白水社世界の文学)
ジュリアン・グラック 中島 昭和
白水社 1981-05

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