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zoom RSS 『終わりと始まり』 ヴィスワヴァ・シンボルスカ

<<   作成日時 : 2011/12/19 00:00   >>

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アウシュビッツのあとに。

1923年、ポーランド西部の村ブニンに生まれ、1996年にノーベル文学賞を受賞した詩人の詩集。詩人としてのデビューは1945年だが、訳者によると禁欲的な彼女は濫作をせず、5年、10年おきにしか詩集を出さず、書評を除いては小説やエッセイなど「不純な」ジャンルには手を染めず、ただ詩のみを書き続けてきたという。禁欲的という言葉はこの詩人について語るうえで鍵となる言葉で、彼女の詩には現代詩といわれると想像してしまう実験的な意味での難解さはない。あくまで平明な言葉によって詩は成り立っている。ふだん文学にふれる機会が多くない読者であったとしてもすんなりと読めるのではないだろうか。詩は散文と違って一行を読むのにも集中を要するので10頁も続けて読めば疲れてしまう管理人でも、彼女の詩はすらすらと読めた。といってその平明さ、わかりやすさが、ただ文字を読んだときのみ印象に残って本を閉じたあとでは漠然とした印象しか残さないというような類のものとはなっていなくて、読んだあとも余韻が残る、インパクトの強いものとなっているのは驚くべきことだ。訳者は巻末の解説でシンボルスカ独特の魅力を簡潔にこう述べている。
いつも身近にいる。決して甲高くはないが、よく通る女の声が聞こえてくる。官能的とか、哲学的というよりは、むしろ空気や水のように親しいもののように感じられる。ごく普通の言葉で書かれているのに、不思議なきらめきに満ちている――シンボルスカは、そんな詩を書く。


日本での知名度は低いけれど、世界的にはシンボルスカの名声は80年代から急速に高まっていった。しかし本人は人目を避けるようにポーランドのクラクフでひっそりと暮らし、ノーベル文学賞受賞の知らせを受けたときも真っ先に自分の静かな生活が乱されるのを恐れるような人柄であるという。中・東欧からロシアにかけての地域は今なお詩という文学ジャンルが力をもって社会的に大きな役割を果たしている、と訳者は述べている。本詩集はポスト共産主義時代の空気を反映した詩集(93年刊)だが、政治に意識的でありながら露骨な政治色はなく、時代のなかで生きていく個人の問題への言及が多い。題名にもなっている「終わりと始まり」や「現実が要求する」などは戦争の時代を扱っているけれども(ヒロシマへの言及もある)結局はそうした時代に生きるしかないすべての国の人間たちについての詩だと管理人は読んだ。

戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない
物事がひとりでに
片づいてくれるわけではないのだから

誰かが瓦礫を道端に
押しやらなければならない
死体をいっぱい積んだ
荷車が通れるように

「終わりと始まり」


現実が要求する
このことも言っておくようにと
生活は続いていく
それはカンネーやボロジノの近郊でも
コソヴォの野でも、ゲルニカでもおなじこと

「現実が要求する」


詩の言葉ではもはや平凡なもの、普通のものなどない、本書に収録されているノーベル文学賞記念講演でシンボルスカはそう述べている(この講演は、これから先も詩人たちにはたくさんいつも仕事がある、と結ばれる)。時代のなかで生きている個人へのやさしい眼差し――通俗すぎる解釈かもしれないけれどもシンボルスカの詩に管理人はそれを見る。

この地上には四十億の人々
でもわたしの想像力はいままでと同じ
大きな数がうまく扱えない
あいかわらず個々のものに感激する

「大きな数」


もはや統計としか思えないような虐殺の時代のあとに、血に塗れて産まれた詩の言葉たち。本詩集には社会主義体制の崩壊という社会的事件のほかに、詩人の夫の死という個人的な事件も背景としてあるらしく、いくつかの詩では去ってしまった愛する者への想いが述べられている。ソ連の詩人ヨシフ・ブロツキーは、人はパンも寝床も恋人さえも他人と分かち合える、しかしたとえばリルケの詩を分かち合うことはできない、と述べた。文学は、詩は詩人と読者との一対一の対話であると。管理人が出会ったシンボルスカは管理人だけの彼女であり、彼女の詩であり、ほかの読者はまた彼だけのシンボルスカと出会うのだろう。個人的な事情を少し書くと、死にたいとでもいいたくなるような塞ぎの気持ちで池袋を歩いていて、鞄のなかにこの詩集が入っているという一事だけが希望のように感じられた、そんな夜があった。


現実から逃げることはできない
いくら逃げてもそれはついてくる
そして、わたしたちの旅の道のりには
現実が人を待ちかまえていないような駅は
ひとつもない

「現実」


4915841510終わりと始まり
ヴィスワヴァ・シンボルスカ 沼野 充義
未知谷 1997-06

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