epi の十年千冊。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『カヴァフィス全詩集』 カヴァフィス

<<   作成日時 : 2012/01/08 00:00   >>

トラックバック 0 / コメント 0

詩の魔法。

現代ギリシア最大の詩人といわれるカヴァフィスの詩は多彩だ。そこにはギリシアの神話が、歴史上の事件が、不毛な愛が、過ぎ去り帰らないものへの愛惜が、皮肉な視線が、老いへの恐怖がある。神話や歴史の一場面を再現してそこで生きる個人の苦渋を語るのがカヴァフィス詩の特徴のひとつとしてあり、彼の詩は非常に物語性に、また諷刺に富んでいる。来る来るといわれている野蛮人を待っているのにいつまで経っても彼らは襲ってこない、それなのに敵襲を待ち続ける待機状態について語った「野蛮人を待つ」や、ほかの土地にゆきたいといっていた男が結局どこに行っても満足できず最後に再びもとの町に戻ってくる「市(まち)」などは一度読むとその意地悪いような詩人の笑いが頭から去らない。そうした諷刺がある一方で、別れた恋人の幻影を新しい恋人のうちに見出そうとする痛ましい恋愛詩「絶望して」や、青年時代の時間はたっぷりあると思っているうちにいつしか時は過ぎ、老いたいまになって若いころに官能の歓びをもっと知りたかったと悔やむ老人が登場する「老人」(これも諷刺詩だろうけれど)などは哀切だ。同性愛者であったとされるカヴァフィスの詩には若者同士の愛欲が主題としてたびたび登場するが、彼らの恋愛が若いあいだのつかの間のものであるかのように描かれていることや、人生の時間をろうそくにたとえてその火が消えるのを恐れる「ろうそく」という詩を読むと、若さへの憧れ、老いや死への恐怖といったものがこの詩人のまた別の一面として浮かび上がってくる。訳者は詩人の演劇性に注目していて、確かにカヴァフィス詩には歴史上の人物であれ現代の名もなき市民であれ、登場する人間のドラマが凝縮されてある。それが読みやすさにつながるといえばそうだろう。

部屋は安っぽく薄汚かった。
曖昧宿の階上の隠れた小部屋だった。
窓から汚い狭い露地が見えた。
労働者の声が立ち昇って来た。
愉快そうにトランプをする声だった。

何の飾りもない粗末な寝台で
愛の身体を抱き、紅に濡れた
官能の唇の毒を知った。
紅の唇はあまりに強い毒だったので、
数十年たった今、独り居の我が家で書いている私が
情熱でもう一度悪酔いしているではないか。

「一夜」



夜中の一時だったか。
それも一時半。
   
       酒場の隅だったね。
板仕切りの後ろ、
きみと二人きり。他に人はいなかったね。
ともしびもほとんど届かなくて、
給仕はドアのきわで眠っていた。

誰にも見られなかったけれど、
どうせこんなに燃えたからには
用心しろといっても無理だよね。

胸をはだけて――もともとろくに着ていなかったね、
神のごとき七月の燃えさかる中。

大きくはだけた着物と着物の間の
肉の喜び、
肉体はただちにむきだしとなって――
そのまぼろしは二十六年の時間をよぎって
この詩の中で今憩いに就くのだよ。

「憩いに就く」



ロウソクは一本でいい。その淡い光こそ
ふさわしいだろう、やさしい迎えだろう、
亡霊たちの来る時には――愛の亡霊が。

ロウソクは一本でいい。今宵の部屋は
あまり明るくてはいけない。深い夢の心地、
すべてを受け入れる気持、淡い光――、
この深い夢うつつの中で私はまぼろしを作る、
亡霊たちを招くために――愛の亡霊を。

「亡霊たちを招く」


似た傾向の愛欲の詩を三篇引用する。失われた恋愛、失われた恋人を詩人は回想している。官能的であると同時に悲痛でもある、不思議な魅力に満ちている。むろんこれは詩人の一面に過ぎない。

カヴァフィスと親交のあった英国の作家フォースター(彼による文章も巻末に掲載されている)は、カヴァフィス詩を「ほとんどすべてこれ魔法のかたまりである」と評した。ギリシアの詩人セフェリスは、カヴァフィスの詩集全体をエリオットの『荒地』に相当すると述べた。詩人は1863年にアレクサンドリアに生まれ、官吏として働く傍ら詩作し、1933年に死去。ギリシアの詩人といってイメージするようなエーゲ海の青さや眩い陽光はここにはなく、詩人リッツオスが指摘したようにそこには自然は欠如して代わりに都市の景観がある(カヴァフィスはダレルの『アレクサンドリア四重奏』に都市の老詩人として登場するだろう)。

単純に読みものとして楽しめる詩だ。過去へのアプローチの仕方は、フォースターが指摘するとおりプルーストと通じるものがある。

4622049120カヴァフィス全詩集
コンスタンディノス・ペトルゥ カヴァフィス 中井 久夫
みすず書房 1997-10

by G-Tools

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『カヴァフィス全詩集』 カヴァフィス epi の十年千冊。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる